第2章「ESCAPE」

....#6 カインの提案


今朝の朝刊一面のニュースなら彼も一応知っている。
八十年ぶりの自治権放棄だとかなんとか、興味がないので完全に読み飛ばしていた。

ローザの隣に座る幼い、リディアという名の少女。くりくりした黒い目がちょっと印象的な、しかし別にどこにでも居そうな普通の子供である。召喚士なんていわれても名前を聞いたことがあるくらいでよくは知らないし、霧のドラゴンが現れて飛空挺と戦ったなどという話をいきなり信じろという方が無理な話である。

昨夜メアリがお茶を濁してわけを話そうとしなかった理由がやっとわかった。

カインは緊張した面もちでこちらを見ているふたりの少女を代わる代わる見て、困ったようにため息をつく。けれど、カインは信じた。

「しかし、なんという面倒なことに首をつっこんだんだ」

「うん……」

しかし、彼女たちの言うことが正しいなら、軍上層部は一体何をしているんだ。また戦争でも始めるつもりなのだろうか。

歴史的に考えて、バロンは決して平和的な国家ではない。召喚士狩りが王の意向で行われるのなら、今後もこの子供は命を狙われることになるだろう。そして、ローザがこのままリディアを庇い続けるつもりなのなら……。

「お前達、国内に逃げ場はないんだぞ。わかってるのか?」

正直なところ寒気がするような話である。だが、ここでローザを怖がらせて子供を見捨てろと言うのも気分が悪い。

「ねえ……カイン……どうしたらいい?」

「…………」

「……お前、とことんこの子につき合ってやれるんだろうな?」

ローザの気質は嫌というほど理解している。試すつもりで直球をぶつけてみたが、返ってきた答えは予想通りのローザらしい馬鹿正直なこたえで、カインはなんとなく嬉しいような気持ちになって微笑んだ。

「お前がその気なら、方法はある」

「なに? どうすればいいの?」

「バロンを出るんだよ。それで……お前のお袋さんのとこにでもかくまって貰うといい。……国外には、基本的に追ってこれないからな」

「お母さんの……」

ファブールの山奥に、ローザ達の母マリアが静養しているファレル家の山荘がある。確か、父方の実家の別荘かなにかであったはずだ。随分な田舎で、そうそう訪ねていけるような場所ではないと聞いている。ローザだって何年も母に会っていないはずだ。

だとしたら、かくまってもらうには都合が良い。

聞かれるまでもなく二人に付いていくつもりでさっさと立ち上がり、あれこれ旅支度の指示をする。ローザ達はわかったと勢いづいて二階へ駆け上がっていった。

バタバタと足音が遠ざかり、ふっと居間は静かになる。


「あの、ね、カイン」

「あ?」

「ごめんね、昨日の晩」

「気になったぞ」

「そうね、私もそう思った」

「しかし、お前は反対しなかったのか?」

「リディアちゃんのこと?」

「ああ、ローザに危ないことはさせない主義だろ?」

「まぁね、でも、子供には弱いのよ私。小児科医ですもの」

「孤児に弱いんだろ」

「ふふ、そうそう。同情よ」

「簡単に言うなあ」

「ローザ、よろしくね」

「ああ」



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