第2章「ESCAPE」

....#49 憎しみ


呆然とセシルを見つめていたギルバートの青い目が、父の名を聞いた途端怒りと憎しみの色に染まっていく。震える指先で脇に倒れた兵士の剣を探り、それを握りしめて立ち上がる。


「父上の……兄上の……」


「アンナの……」


「かたきっ!」


叫ぶと共に、重い剣を振り上げたギルバートが、渾身の力を込めて剣を突き立てる。目を見開いたまま、セシルは避けようとはしなかった。

刹那、石の柱に金属音が響く。
ギルバートの剣撃は、すんでの所で背後の石柱を突いていた。セシルの頬から、幾筋かの血が流れる。それとともに、茶色い彼の髪の束が床に落ちた。

長い髪が、片側だけばっさり切り落とされている。
セシルはふっと笑った。


「…………いいよ?」


詰め襟の軍服の首の止め金を外す。
射るようなギルバートのまなざしがなぜか心地よかった。


「僕を殺しなよ」


「!」


ギルバートははっとした表情で剣を下ろす。優しい弟王子は、剣で人を斬ったことなど無いのだろう。


「かたき討ちを、すればいい」


セシルはそう言って肩に落ちた髪を払う。長い髪が束になって床に落ちた。


「ほら……逃げないから……」


ギルバートはその青い瞳を揺らして手にした剣とセシルの顔を代わる代わる見ていたが、セシルの白々しい笑い顔に、美しい顔に精一杯の憎悪を浮かべて、吐き捨てるように罵った。


「お前なんて人間じゃない」


お前は永遠に、人にはなれぬ人形ぞ


(上等だよ、平和王)


「そうかもね」

そっけなくそう返して柱にもたれかかる。この場でこの王子の手にかかって命を落とすことは、何か遠い夢の世界の出来事のように思われた。

いつか、自分は憎まれて殺されるのだと思っていた。
それがいつでも、今でも、同じこと。


「…………」


ギルバートは覚悟ができたのか、細い指で剣を握り直し、ぎこちなく構えの姿勢をとった。






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