第2章「ESCAPE」
....#38 別離
「……ギルバート……」 かすれた声で、アンナが呼びかける。 背中に刺さった矢は、彼女の心臓を貫いたようだ。 焦点の合わない瞳が恋人を探していた。 「アンナ……ねえ、アンナ……」 「……ギル」 泣きじゃくるギルバートの涙の感触に、アンナは悲しい顔をする。 「泣かないで……泣かないでね……」 「いやだよっ! 大丈夫だよ!」 「アンナは大丈夫だよっ!」 何度もかぶりをふる。自分に言い聞かせるかのように。 アンナを失うなんて、考えられない。 そんなギルバートの首に、アンナの震える手がそっと伸び、 「アンナ……?」 両手をからませると、いとおしむように抱きしめる。 「まあっ!あなた好き嫌いが多いのね。だめよなんでも食べなきゃ」 (そうだよ?だからアンナが居てくれなきゃ) 「父さんがね、結婚なんて、だめだっていうの……」 (やっと許して貰ったんじゃないか、5年もかけて) 「きれいな青い目をしているのね。いいなあ!」 (僕は、きみの赤い髪の方がすきだよ) 「ねえギルバート、なにか歌って」 (歌うよ、歌うから!) 「アンナ?」 「アンナ……?」 「アンナぁぁっ!」 王子の叫びが、絶望的に広間に響く。 目前の幸せを掴めぬまま、その命は消えてしまったの? 「…………」 言葉がない。ローザはただその事実に圧倒されて、涙も忘れていた。 目の前の死、それは、父が死んだときのように不確かな別離の感触ではなくて、生々しく残酷で、突然で理不尽な永遠の別れ。 それは、もう会えないこと。 もうその瞳は彼を映さず、その指は彼に触れず、その唇は彼を呼ばない。 身体の芯に氷のような冷たい固まりが生まれ、心を内側から冷やしてゆくような気がする。 息が苦しい。 |