第2章「ESCAPE」

....#31 悪魔の姿


城門前では激しい攻防戦が続いていた。

中に入れるまいと、ダムシアン兵たちが必死に応戦する。しかし、数では勝っていても、平和の中にあったダムシアンの兵士達のこと、軍事国家バロンの兵士達の攻撃に苦戦を強いられ、前線はじりじりと後退していく。城門が破られるのは時間の問題だった。

中に待機している兵達に緊張が走る。

「だめです! 門が……やぶられますっ!」

見張りの者の悲痛な叫びとともに、伝統ある優美な城の重厚な城門が、ゆっくりとこじ開けられていった。

開いた門からまばゆい光がもれる。背後から照らす飛空挺のライトであった。その光に煙と埃の粒子が光り、バロン兵達の赤い軍服をぼんやりと浮かび上がらせている。城門外のダムシアン軍は、ほぼ全滅させられているようだ。

光を背にし、先頭に立っているのはセシルだった。ダムシアン兵達を冷たい目で見据える一瞬の沈黙。わずかに口をゆがめ笑ったセシルは、右手に持った血のついた長い剣を掲げる。その細長く暗い影が城内に差し込んだ刹那。

「かかれ」

それを合図に戦闘が始まった。セシルは立ちふさがる兵士達を無造作に切り捨てるとひとり奥へと向かった。


「行かせるかっ!」

若い兵士が追いすがる。振り向いたセシルは左手を突き出した。切りかかった兵士は、次の瞬間には彼の左腕から放たれた不可思議な刃に切り裂かれ、声を出す間もなくその場に崩れ落ちる。しかし砂漠の兵たちは怯まずセシルを取り囲み、斬りかかった。

「!?」

だが、兵士の剣はセシルに触れる前に、彼の前に現れた波動の壁に当たってはじき返される。その間に一人目の兵士を差し貫いたセシルは、その剣を引き抜きながら、振り向きざまにもう一度黒い刃を放った。

それは魔法のように火や氷などの姿を借りて具現化するわけではなく、詠唱が必要なわけでもない。

歴史の中にも何度か登場するその巨大な力が「暗黒」と呼ばれ恐れられるのは、使用した者にさえ及ぶ殺傷力の高さと、力の発現の際に発する黒い色をした波動によると考えられる。地域によっては「悪魔の火」などとも呼ばれる暗黒の波動は、肉眼にもはっきり見える。黒い、影のできぬ闇のような暗い色の波動だった。

前の戦争中子どもだったセシルが戦場で生き抜くことが出来たのは、苦労して自分のものにしたこの暗黒の力のおかげである。今ではもう、彼は自らを傷つけることなしに暗黒の力を自在に操れるようになっていた。攻守共に利用できる、自在な闇の力。これが、セシルが軽装で戦場に出ていける理由でもあった。盾も鎧も、彼には必要がないのだ。


「邪魔だよ」


セシルは、動かなくなった若者達の亡骸に向かってそうつぶやくと、きびすを返してまた奥へと歩き出した。ほんの二呼吸ほどの間の出来事、セシルの周りには三人のダムシアン兵が無惨な姿で倒れていた。

近くにいた別の兵はその力を目の当たりにして、呆気にとられたように立ちすくみ手を出すことが出来ない。しかしそれも一瞬のことで、間を置かずセシルの後からやって来たバロン兵達が攻撃をしかけ、城の奥からもダムシアン兵がそれに応戦するため駆けつける。あっと思う間もなく広間は戦場と化していった。

そして、その広間の戦闘を無視してセシルは奥に進む。彼がひとり目指すのは、他でもないクリスタルの間。今回の任務の目的である、水のクリスタルが安置されている部屋である。地下に巨大なロチェスターの水源を抱えるダムシアン城に大がかりな地下施設は存在しないはずである。逃げ道は無いはずだった。

誰も彼を止めることは出来なかった。





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