第2章「ESCAPE」

....#32 アンナ


「ギルバート様っ! まだこんな所にいらっしゃったのですか!」

ぼんやりと広間に佇んでいたギルバートを見て、家臣の一人が驚いて駆け寄った。

「はやくお逃げください! もうすぐここにも敵が来ます!」

王の間では、残り少ない兵士達が最後の戦いを挑もうとしていた。誰もが皆死の予感に恐れおののき、それでも忠誠を誓った王と自分の国の名誉のため戦う。
しかし、ギルバートにそんな彼らの想いは届かない。逃げてもいい、彼らが一人でも生き延びてくれる方が良いと思った。

(どうして……)

父の言葉が、ギルバートの心に虚しく響いた。命より大切なものなんて、そんなものが本当にあるのだろうか。誇りのため? 名誉のため? どれもみんな馬鹿げている。人はみな、生き抜くために生きているのではないのか?

「……馬鹿だよ、みんな……」

「ギルバート様?」

悲しげな眼でうつむいたまま、ギルバートは動こうとしない。そんな時であった。

「ギルバートっ!」

息せき切って広間に飛び込んできたのは、他ならぬアンナだった。ギルバートは驚いて目を見開く。

「アンナ!」

「こんなところにいたのね……探したわ。逃げましょう!」

「でも……っ父上と兄上が……」

「……どうかしたの? ギルバート」

「ぼ、僕だけ逃げるわけにはいかないんだっ……!」

ギルバートは戸惑ったような目をして部屋の奥をちらりと見た。アンナははっとした表情でギルバートの両腕を掴んで揺さぶる。今の言葉で彼女にはおよその事情が飲み込めたようだった。

「ギルバート、わかっているの? 陛下達があなたを残していった意味を!」

「…………意味?」

「そうよギルバート、何がなんでも生きなくてはだめ。陛下はあなたに全てを託しておられるのよ?」

「…………生きる?」

「そう、生き延びるのよ。この国を大切に思うんだったら!」

「………僕は………」

「ギルバート、ここにいたら駄目よ、危ないわ、とにかく逃げましょう!」

「……! 駄目ですっ! 来ます!」





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