第2章「ESCAPE」

....#28 血塗りの満月


「おいっ……待てっ……!」

腕にしがみつくリディアに手を焼いていたカインが叫んだ時にはすでに遅く、アンナが階段を駆け下りる音が響いていた。下はおそらく戦場。背筋が凍って、それから火がついたように熱くなり……ローザは走り出していた。

「アンナさんっ!」

「わ! バカっ! お前まで行くな! ローザぁっ!」

カインの静止をふりきって乱暴に扉を閉める。
確かめたかったのかもしれない。祈るようにセシルの顔を思った。

飛び出した踊り場にはもう硝煙の嫌なにおいが立ちこめていたが、アンナの靴音を追ってそのまま進む。しかし、塔を出たところで煙を吸い込んでむせ込み立ち止まったことが災いし、呆気なく見失ってしまった。

(アンナさん……!)

煙がしみるせいでぼろぼろと溢れてくる涙を拭いながら、息を整える。アンナが向かうとすれば、ギルバートが居ると思われる王の間だろう。落ち着いて、辿るべき道順を考える。


どうしてこんなことに?
ミストで感じたものと同じ疑問符が思考を支配する。
理解できない。
戦争とはこんなに唐突にはじまるものなのだろうか。

ここからは姿の見えない赤い翼、あれは、バロンの人間である自分にはとても親しい船だ。シドがどんなに丹誠込めて作り上げたものであるかも知っている。そして、戦争へゆく船であることも……けれど、飛空挺が自分を殺すことになるなんて、考えてみたこともなかったことだった。

このままゆけば死ぬかもしれない。直感がそう叫ぶ。

ひときわ激しい砲撃の中を走っていたように思ったいたが、ふと気づいた時には辺りはすっかり静かになっていた。


「…………?」


はっと立ち止まる。切るように冷たい砂漠の夜の風がごうと吹いて、見上げた煙の合間には……血の如き赤い満月。

どうしようもなく不安がこみあげて進めず、しかし戻れない。禍々しい月を見上げていた時間はほんの僅かだったが、しかしローザには随分と長いように感じられた。

やがて、静寂の奥底から響くように大勢の喧噪が辺りに満ちて……どうやら、城内ではすでに白兵戦が始まっているようだった。




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