第2章「ESCAPE」

....#19 夕暮れ


飛空挺は熱い砂の上を静に飛行し続け、やがて太陽が巨大な火の玉の如き夕日となって砂漠の果てに沈もうとする頃、三機の飛空挺のはるか前方にダムシアン城とその城下町が見えてくる。

広大の砂漠のただ中にあって、世界一美しいと誉れ高いロチェスター湖に抱かれた街のシルエットには、背の高い、風変わりな屋根の尖塔が目立つ。戦火に焼かれたことのないダムシアンの街は、その街並みが非常に美しいことでも知られていた。


「……美しい街だね」

誰にともなくセシルが呟く。彼らは操舵室からダムシアンの街を眺めていた。つい先刻、王宮に向けて電波通信を送ったばかりである。彼ら……バロン側の要求はただひとつ、ダムシアン王家であるミューア一族が代々守る、水のクリスタルを渡せということだった。

「もう数分で市街地上空に入ります」

「城が射程範囲に入り次第全鑑空中にて静止。向こうの出方を待つ」

「はっ!」

『全鑑、ダムシアン城が射程に入り次第空中にて静止!』

『全鑑、ダムシアン城が射程に入り次第空中にて静止!』

「……どう来ますかね」

傍らに控えたエイリが、ちらりとセシルの方を見る。セシルはそれに気付いているようだったが、副官の方を向こうとはせず、夕焼けに燃える街を見つめたまま呟いた。

「さぁ、僕はかの有名な平和王が、賢明であることを願うけど?」

「三分後には完全静止に入ります」

「わかった。総員、警戒を怠るな」

「希望的観測は失望の元ですよ?」

「大丈夫、……慣れているさ」

赤く照らされたセシルの端正な横顔に影が落ちる。細めた目の、女性かと見まがう長い睫毛、日に照らされて華やかに輝く長い髪。美しい司令官は、肘掛けにもたれかかるようにしてダムシアンの街を見下ろしていた。

やがて、夕日は見る間に砂の彼方へ消えてゆき、覆い被さるような濃紺の夜が砂漠を満たす。

彼らの長い夜は、まだ始まったばかりである。



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