第1章「A Day of spring」

....#40 セシルの失敗


「……この子を預かって欲しいと、言ってたよ?」


ぼんやりと放心したような表情のセシルは、ゆらりと彼女の横に立つと、ぽつりと小さく落とした。


「……え?」


「ミストの、長老が……」


言ってから、セシルははっとしたように口をつぐんだが、その言葉はローザの心に小さな灯をともす。

この子のために、自分にできることがあるのかもしれない。
幼くして親を亡くすことへの一方的な共感からか、あるいは単純な憐憫の情からか、ローザは迷わず目を上げる。


「私はいいよ? うち、メアリと二人暮らしだし」


「ローザ……あのね、それは……」


口ごもるセシルは明らかに困惑している様子でローザを苛立たせる。


(この期に及んで、リディアちゃんを見捨てろとでも?)


一瞬むっとしたローザだったが、すぐにセシルの態度の意味を悟る。
つまり、とても危険なのだろう。どうしてリディアの母がここで死ななければならなかったのか、それが今日の事件の真相に何か関係あるのだとしたら。


(リディアちゃん……)


ジェネラルの言葉が蘇る。
彼はリディアが飛び出してきたことを丁度良いと言って、彼女に銃を向けた。


「…………」


この親子に何があるのだろう。わざわざ軍が目をつけるようなことがあるのだろうか。


(……あの竜…………召喚士、だからなの?)


(……でも)


「危険だって言いたいんでしょ? わかってるよ……でも、ほっとけないよ!」


「ローザ……」


セシルは戸惑ったような表情をしてローザを見つめる。
だが、彼はそれ以上何も言わなかった。ローザは、そんなセシルの様子を見かねてかぎこちなく微笑むと、逃げるように後ずさりする。


「……いいよ、セシルは、関係ないから」


「……ローザ?」


「これは、私が勝手にやったことだから……」


「ちょ、ちょっと待って」


「ごめんっ!」


彼の立場は分かっているつもりなのでしかたないと思った。
セシルはバロン軍の人間だ。心配してくれてるだけで、彼は冷たい人ではない。
小さい頃からいつも一番やさしいセシルのことだから、困らせたくない。心配もかけたくない。


(でも……リディアちゃんをほっとけないの。ごめんね……)


馬鹿なことをと心の端では理解しつつ、幼い少女を助けるため、月を背にしてローザは走った。



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