第1章「A Day of spring」

....#39 長老の願い


長老の家は砲撃を免れたようで無事に残っていた。
どうやら一応はジェネラルなりに威嚇のつもりで砲撃をさせていたらしい。


二、三度ノックすると若い娘が恐る恐るドアを開けて顔を出した。青ざめた正直そうな娘に、セシルは優しく微笑んで声をかけた。


「バロン軍はもう去りましたよ」


セシルは通されるままに暗い廊下を過ぎ、庭に面した長老の部屋を訪れる。
部屋には、特に女性や子供の姿が目立った。案内した娘が、傍にあったランプに灯をともした。


「はじめまして、私は空軍のセシル・ハーヴィです」


傍らの娘がびくりと身を固くするのが気配で判る。
部屋の奥で苦しげな顔をして横になり、目を閉じてぴくりとも動かなかった老人も、驚いた表情で目を開けた。


居合わせた大人達はみな彼が誰であるのかはすぐにわかったらしい。みな、恐怖とも憎しみともとれない、呆気にとられたような顔で目の前の青年を見上げていた。


セシルは申し訳なさそうに頭を下げる。


「私の監督がゆき届かず、手荒な真似をさせました」


「あなたは……なぜここに?」


近くの者の助けを借りて半ば身を起こした長老が、不思議そうに言った。


「この街の召喚士は死亡しました」


セシルはそれには答えなかったが、彼の口から出た言葉は、その場にいる者全てを絶望させるに充分であったようだ。途端に悲鳴のようなざわめきが部屋を支配する。


「……! ステラが……」


長老も言葉を詰まらせた。


「ただ……子供は無事です。今は母親と共に広場にいます」


「リディアを助けてくだすったのか?」


助ける、その言葉にかすかに息を呑んだセシルは、気付かれないほどの小さなため息と共に目を伏せる。


「……子供を殺す法はありませんので」


「それは……礼を言わねばなりません」


長老はそう言った後暫く何か考え込んでいたようだったが、やがて枯れ木のように細い身体で身を乗り出して、セシルの手をとった。


「あなた様ならば……あの子を守ってもらえるのではあるまいか?」


「……? 何を仰っているのかわかりませんが」


セシルは訝しげに長老の目を見る。


「あの子を預かっては下さらぬか、ステラのおらぬミストで、リディアは守れぬ。あの子は生き延び大人になって、母親の跡を継がねばならぬのです」


「……それは……」


長老は王の真意を知らないのか、それとも自分を試しているのか。
戸惑ったセシルは次の言葉を見つけることが出来なかった。


「お願いです、あなたはバロン軍の将軍であらせられる。あのような小さな子供ひとり庇護することはおできになるでしょう、どうか、あの子を哀れと思うなら……」


具合の良くないらしい長老は、苦しそうに咳き込んで再びベッドに横たわる。長老を気遣いながら、村人達も口々にセシルに懇願した。


あの子供を連れて、ミストの街を出て欲しいと。


「……」


セシルは言葉を詰まらせて、目をそらした。
馬鹿なことを。自分にあの子供が守れたものか。



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