第1章ミスト編

....#1 少女リディア



その幼い少女の名は、リディアという。

短い黒髪に、同じ色の大きな瞳。
街の者は皆、リディアを母親のステラににうり二つだと評する。
父親はいないが、街の大人達にとても可愛がられて育っていた。


「リディア、また森へ行くのかい?」


枯れた色の石畳を跳ねるように一人で歩くリディアとすれ違った街の者が、親しげに声をかけると、 リディアははにかんだように微笑んで頷いた。

ミストには子供が少ない。
それは街の人口そのものが多くないことに起因しているのであるが、 そのためリディアには同じ年頃の友達はあまり居なかった。


「もうすぐお昼だよ。ステラさんが心配しないうちに戻るんだよ」


「うん」


森といってもそう離れたところにあるわけではなく、街の入り口付近の林である。
彼女はこの場所が大のお気に入りだった。

石畳は街の入り口で途切れている。
そこからは柔らかい草の地面が広がり、リディアは光の入る明るい林に足を踏み入れる。

心地よい陽光が木漏れ日となって降り注ぎ、木々の梢よりも高く、さえずる雲雀の声が遠く耳に入った。

リディアにとっては慣れた庭のような場所である。
街を歩くのと同じ軽やかな足取りで、どんどん奥へと進んでいく。


「あっ、リスさん」


林を走る小さな動物の影を見つけたリディアは、嬉しそうに走り出した。

奇妙なことに、リディアが呼んだリスは声を聞いてぱっと立ち止まり、 まるでリディアに何か合図を送るかのように振り向いてから、再び木を伝って走り出した。
リディアは当然のようにそれについていく。

リスに先導されて彼女が向かった先は、小さな湧き水のある広場だった。
そこはこの辺りの動物たちの水飲み場になっている。

リディアが訪れると、そこにはいつものように小鳥や鹿の親子、先ほどのリスの仲間らしい者がいた。どの動物もリディアが現れたことを少しも驚かず、にこにこ笑って近づいてくるリディアを黙って輪の中に入れる。

リディアは動物たちにまじって冷たい湧き水を口に含み、きっと人間であれば同年代くらいであろう、 早春に生まれたばかりの子鹿と遊んだ。

目を閉じると、木々の間を通り抜ける風が新しい緑を揺らす音が聞こえる。
高原は今まさに春。

だんだんと高くなっていく日差しを感じながら、リディアは動物たちに囲まれて大好きな季節に耳を澄ませた。



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