第3章「UNBALANCE」
....#2 波紋
「セシルが、戻っていない!?」 高い窓から西日が深く差す謁見の広間、その報告を聞いた王は思わず声を荒げた。 居並ぶ各軍の将軍達も皆、思いもかけぬ知らせに驚きを隠せない。 「セシル殿……」 ざわめき立つ者達の影で、ベイガンは呟きをかみ殺した。 その場にいる誰もがそう感じたように、彼にもまたセシルの失踪を信じることができないでいた。 「クリスタルだけ寄越すとは……セシルに、セシルに何があったのか、知るものはおらぬのか!?」 「は。将軍から直接クリスタルを受け取った士官を拘束しております。参謀府にて尋問の上、速やかに報告を……」 「遅すぎる……捜索を! すぐに連れ戻せ!」 「王、お気をお鎮めください」 苛立つ王の両脇から、すいと男が進み出る。バロンの政務をとりしきる二人の大臣であった。 「カラス……しかし……」 右大臣、左大臣といわれる二人の大臣は、それぞれ右大臣が内政を、左大臣が外交を握っている。 古くから、王に次いでの政治的権力をもっているこの地位に今の二人が就いたのは、割と最近の話である。 血が通っていないかのような白い肌、神経質そうにつり上がった細い目。 二人は、見分けがつかないくらい似ていた。 現両大臣は、双子なのだ。 「向かうとすれば、ファブールでしょう」 同じ顔をした片割れ、左大臣クロエが言った。 「陸軍は現状のまま、ファブール侵攻の準備を。第一師団の始末は、空軍参謀府に任せるとよいでしょう」 右大臣カラスは眉ひとつ動かさない。 「だが、それではセシルは……」 黙り込む軍人達の中、王はどこか不安げに口ごもる。 僅かな間に日は暮れ、あかりの灯らぬ広間は薄い闇を敷いたように暗い。声が響いたのはそんな時のことだった。 「それなら、ご心配には及びませんよ」 誰もがはっと辺りを見回す。見知らぬ声、誰もおらぬはずの窓辺に佇む人が居る。 今日最後の日差しを背に、くすんだ灰色の外套に身を包んだその男は、ゆっくりと驚く一同へ向き直った。 「ファブールへは、私が行きましょう」 居並ぶ者達は言葉を呑み、手品の鳩のように突然現れた男の姿を追っていた。 侵入者であるはずだったが、そのひととき、誰もがそれを忘れていた。 月の光を紡いだような銀の髪、深紫の瞳は赤みを帯びて妖しく光り、佇む長身の男は人ではないようにもみえる。 謎めいた笑みを含んだまま、彼は陶然とつぶやいた。 「ぜひとも、彼には会ってみたいのでね……」 薄暗い部屋に雨雲の気配がただよう、湿った重い空気。 遠くの空ではもう雨が降っているようだった。 |