第3章「UNBALANCE」

....#1 沈黙の旅路を


ダムシアンからファブールへは、街道の整備されていないナシュビル山脈を越えてゆかねばならない。ファブールの都までは馬車で四日ほどもかかる。

外は少し雨が降っているようだった。


「…………」


湿った冷たい空気が馬車の中まで入り込んでくる。向かいにはセシルと目を合わせようとしないローザが毛布を被って座っていた。

ファブールへの馬車と御者を手配したギルバートは、呼ばれない限りうつむいて目を閉じ、一日中を眠ったように過ごしている。出発から丸二日、セシルがふたりとまともに口をきくことはなかった。


「みなさん、だいぶ山に近づいてきましたので、今夜は冷えますよ」


そう言って御者台から少年が顔を出す。灰色のターバンを巻いた少年は、ロアという若いファブール兵だった。
ファブールから定期的にやってくる使者として、丁度ダムシアンに来ていたのだという。今年十六になったばかりの彼は、見たところファブールの寒村によくある口減らしの少年兵だ。厳しいファブール僧兵隊の者らしいはきはきとしたもの言いが印象的である。

開いた麻布の隙間から、ひんやりした風が滑り込んでくると、ローザの傍らで退屈そうな顔をしていたリディアが立ち上がった。


「山、もう見える?」


言いながら御者台の方へよじ登ろうとする。ロアは慌ててリディアの手を取った。


「そりゃ見えますけど……濡れちゃいますよ?」


「……わあ、涼しい!」


「……まぁ、いいですけど……」


苦笑したままリディアを隣に座らせると、ロアは再び布を丁寧に元に戻した。
馬車内には先刻の新鮮な空気の名残、それにぬかるんだ地面を進む車輪の音と、幌にあたる僅かの雨音。

雨のせいで太陽も見えず、よどんだ空の下では時間は遅々として進まないように思えたが、夕暮れ時は近かった。



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