第2章「ESCAPE」

....#60 別れのことば


セシルからの通信が入った時、操舵室にはエイリひとりだった。眠れなかった重い夜明けが、遠い地平線に訪れようとしている。だが、最初の光はまだ来ない。


『エイリ……聞いてる?』


呼びかけはやはり唐突なものだった。驚いて無線機に突っかかるように返事を返す。


「! 隊長、どうなさったんですか!」

『ああ、よかった』

「ご無事ですね? はやく戻って……」

『水のクリスタルを誰かに取りに来させて』

「え?」

『全艦帰還の準備を』

「……何を……仰ってるんですか?」

『僕は……戻れない』

「隊長!?」

『ごめんエイリ』

「冗談はよしてください、隊長を乗せずに発てるわけがないでしょう!」

『帰還……命令を』

「…………隊長……」

『ロチェスターのほとりにいるから』

「嘘だと言ってください!」

『……ごめん』

「隊長!」

エイリの最後の声はセシルには届かず、通信は一方的に途絶えた。

「…………っ!」

エイリは力任せに無線機を床に叩きつけて、窓辺へと歩み寄る。その時、皮肉にも打ちひしがれた彼のもとに、今日最初の光が届けられた。

残酷に告げられた報告は別れの言葉に等しい。ここで戻らなければ、セシルは軍へは戻れない。万一戻れたとしても、今の地位にはいられないだろう。わかっているのか、あの人は。

セシルの王に対する忠誠が、羨ましくなるほどに固いことはよく知っている。
少々の辛い任務に堪えられないようなセシルではないはずなのだ。一体、あの城の中で何があったのだろう。

何が……一体誰が、セシルの心をそんなにも揺さぶったのだろう。



Home | Back | Next