第1章「A Day of spring」

....#9 デュアル王子


午後の日差しはあくまで柔らかく、光を受けた新緑の木々は蒼天に手を伸ばして春を謳歌していた。庭森は昔から好きな場所である。とくに春は良い。


「あれぇ、セシルじゃない。帰ってきたんだ」


 ふいに頭上から降ってきた声に立ち止まる。何事かと思うと同時に声の主を思い出した。


「昼寝ですか? 王子」


「馬鹿者、読書だ」


木漏れ日が影になって表情が見えないが、現王の一人息子であるデュアル王子だった。
器用に体を枝に預けてゴシップ誌を読書していたらしいこの国の王位継承者は、高尚ですねとからかったセシルの後ろ頭を薄い雑誌で思いきりはたいて、ぷいと雑誌に目を戻した。

 セシルより3つ年上であるこの王子の、父王に似ていない金髪は、聞くところによると母譲りなのだそうだ。彼がバロンに来る前に亡くなったという王妃のことを、セシルは知らない。

「父上はお気に入りのセシル君が帰ってきたのだから、きっとさぞかしお喜びになるねえ」


「だといいですけど」


「で、今回はどこへ行ってたんだい? また戦争?」


今ではバロンの王子として国民にも慕われているデュアルであるが、幼い頃からの遊び相手であるセシルに対しては子供の頃のままの傍若無人さを発揮していた。


「違いますよ。ミシディアです」


「何しにいってたのさ」


「陛下のご命令で、捜し物をしていました」


「ふぅん……別にボクは興味ないけどね。お前達みたいな野蛮な軍人が何をしてるのかなんてさ」


そう毒づくと、王子はさっさとセシルを無視して読書の続きをはじめる。
セシルは振り向く様子のないデュアルに挨拶をしてその場を離れた。



セシルの自室は離れの小塔にある。

子供の頃は遊び場だった庭森の奥にぽつんと立つ石の塔。所々苔むした、元は倉庫だった建物である。
城内の一室から望んでここに住まうようになったのは、もう随分と昔のことだ。
部屋の支度は済んでいるからと頭を下げる使用人にねぎらいの言葉をかけ、階段を上る。

懐かしい自室に入り木製の扉を後ろ手に閉めると、ほっと息をついた。


ひとりで使うには、少し広すぎるがらんとした部屋だった。


夕刻よりセシルの帰還を労う意味も込めての会食があると聞いたため、セシルは上着だけ脱ぐと、ピンとシーツの張られたベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。


まだ午後を回ったばかりで、部屋には明るい光が差している。
自分以外誰もいない空間は心地よく浅い眠りを誘った。



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