第1章「A Day of spring」
....#8 ローザの帰宅
バロンの国土は、南に穏やかなセルシア湾を抱える、肥沃なバロン平野に築かれていた。 北にはファルティア大陸を分断するようにギア・ル山脈が走り、天然の城壁を構える格好となっている。 山間部から海に向けて平野は緩やかに傾斜しており、バロンの城下町も、王城から市街地を抜け郊外の住宅地に入ると、平坦だった道が徐々に勾配を増す。 ローザの自宅、ファレル家は、その緩やかな坂道の上にあった。 正午を迎えようとする高い日差しは心地よい熱を帯びている。 街路樹の立ち並ぶ道路の脇では小鳥がせわしなくさえずり、時折飛び立つその小さな影がアスファルトの地面を通り過ぎていった。 初夏の訪れを感じる陽気の中、坂道を上るのはちょっとした苦労であるはずなのに、ローザには全く苦にならない様子だった。汗ばんだ肌は吹き抜ける風が冷やしてくれる。 やがてその坂を登り切ると、住み慣れた家が見える。 家の前には見慣れた白い車が止まっていた。 (カインがきてるんだ) おもわぬ来客にうれしくなったローザは、少々乱暴に自転車を止めると、鞄をつかんで急いで家に入っていった。 勢いよくドアを開け、つんのめりつつ革靴を脱いで廊下を走る。 「ただいまっ!」 「おかえり。さすがに今日はきげんがいいわね」 「よお。元気そうだな学生」 「いらっしゃい! カイン」 言いながらローザはテーブルにお菓子を見つけて手を伸ばしている。 「長期休業かぁ、いーなあ学生は」 「カインだっていっつも休みみたいなもんじゃない」 「俺はいろいろ忙しいの、勉強してないお前とは違うんだよ」 「ちがーう! 勉強ならしてますよ!」 「あーはいはい。 分かった分かった」 適当なことを言いながらにやにやしているカインにローザはますます向きになり、なにか言おうとしてふと、ソファーにもう一人座っているのに気がついた。 「あ、シドも来てたの」 「なんじゃ、ヒドイのう」 「ごめん」 ソファーに埋もれるように座っていたシドだが、ローザの顔を見て何か思い出したかのように身を起こした。 「そうじゃローザ、いいニュースじゃ。セシルが帰ってきたぞ」 「ほんと?」 おどろくローザに、カインが続けた。 「ああ、一週間ほど休みだから、のんびりできるってよろこんでたぞ。お前も久しぶりだろう、会ってきたらどうだ?」 「うん、いってくる、 半年ぶりよねぇ帰ってくるの。ひさしぶりだなぁ」 |