第1章「A Day of spring」

....#6 ルクスフォード3世


数百年前の建造物であるこの城には、朱の絨毯が敷かれ重厚な玉座のある謁見用の広間も存在するが、現王ルクスフォード三世がそのような広間を使うことは滅多にない。
使われていない区画の多い城の二階に、王の執務室はあった。

セシルが姿を現すと、扉の前に立っていた近衛兵が敬礼と共に道を開ける。


「陛下、セシル様がお見えです」


「入れ」


「失礼します」


恭しく礼をしてセシルが部屋に入ると、薄暗かった執務室にさっと廊下からの明かりが差し込む。しかしそれは一瞬で、兵士が静かにドアを閉めると、幕を下ろすように部屋を静かな影が満たした。


「セシル、よく戻った」


威厳ある低い声で、しかし王は優しげにセシルに語りかけた。


もともと武人であったというルクスフォード三世は、衰えを隠せない体をゆったりとした衣装に包み、座り心地の良さそうな椅子に身を預けてセシルの方を見ている。


「ご無沙汰致しております、陛下。ミシディアでの任務を終え、本日帰還致しました」


セシルはそう言って王に歩み寄ると、跪いて抱えていた報告書を手渡した。
王は満足げにそれを受け取る。


「うむ、大儀であったな。無事でなによりだ」


「ありがとうございます」


「して、クリスタルは?」


「はい……こちらです」


セシルは顔を上げ、小さな袋を取り出して王に渡した。
王は先ほどの報告書を机に置くと、さっと袋の紐を解いて中身を取り出す。


執務室に、青白い光が満ちた。


入っていたのは、手のひらほどもある宝石。


それは何の装飾も施されていない自然のままの姿をしているにもかかわらず、磨き抜かれた金剛石のように透明で複雑に入り組んだ面を持っており、しかも不思議なことに自らが光を放って輝いているようだった。


すすけて薄暗い執務室に宝石の放つ青い光が、まるで水面を映すが如くゆらゆらと揺れる。


「……これが……風のクリスタル」


低く呟いた王の顔も、膝をついたまま見上げるセシルの頬も青く照らされる。


「……美しいな」


しばらくの後、王は呟くとクリスタルを元の袋にしまいこんだ。
部屋を満たしていた光は、ビロードの袋に吸い込まれるように消えていった。


我に返ったセシルは立ち上がると、わざわざ薄暗い中でランプをつけて何かの書物を読んでいた王を見て、小さく微笑んだ。


「相変わらず、昼の光はお嫌いですか? 今日は素晴らしい陽気ですよ」


「ん……ああ、どうも眩しいのは好かぬ」


クリスタルを引き出しにしまいながら呟いた王の仕草がどこか子供っぽく見えて、セシルは笑いながら窓際に立った。少しだけカーテンを上げて、外の光を見せる。


「時々は中庭でも散歩なさらないと、お体に障ります。ほら、バロンの春ですよ」


窓の外には城の中庭が見下ろせる。
色とりどりの花が咲き乱れる花壇を、縫うように石畳の小径が続いていた。


「全く……うるさい息子が帰ってきたものだ」


王は物憂げに微笑んで席を立ち、窓際で背の高い彼の息子と並んで庭を眺めた。



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