第1章「A Day of spring」
....#28 炎の中で
息が切れ苦しくなるのにも構わず走った。 先ほどからまた二、三度砲撃が加えられているようで、街の方からは耳慣れない低い爆撃の音が地鳴りのように響いてくる。 (一体何があったというの?) 時折すれ違うハイキング客らしい者たちは、皆一様に不安げな表情で危険を避けるために山を降りようとしている。 それはそうだ。戦争の絶えないバロンであったが、国内が戦場になることはなかった。 戦の中にあって、いつも平和だったバロン本土。 この国の市民は、殆ど戦争を知らないのだ。 一目散に街へと駆けていくローザに、危ないから戻った方が良いと声をかける者もあった。 (セシル!) ここからはミスト自治区であると書かれた看板の横を通り、街へと入る。 土の道はやがて古風な石畳に変わり、まばらだった家々が徐々にこぢんまりとした山村らしい景色になる。 しかしそれは高原の自治区ミストとして想像されるようなのどかな風景ではなく、視界は煙でぼやけ、あちらこちらのくずれた壁や石畳で上品な街の姿は見る影もない。 (……ひどい……どうして……?) 街の人々は逃げ惑っているのかと思ったが、意外にも人影は少ない。 人の声はほとんど聞こえず、砲撃と砲撃の合間の異様な静けさの中、自分の心臓の高鳴りが全身に響くようだ。 「…………」 体が凍るように感じてうまく歩けなかった。 恐ろしい。 しかし、引き返そうという考えは生まれなかった。 赤い翼の指揮官がセシルだと知っているからだろうか、心のどこかで何か、本当に危険にはならないと高をくくっていたのかもしれない。ともかくこの惨劇の先にセシルが居るのかどうか、確かめないではいられなかった。 (でも……このままじゃ危ないよね……せめて……結界でも…………) ものかげを見つけてしゃがみこむと、ローザはなにやら口の中でとなえつつ石畳が吹き飛んで砂がむき出しになった地面に円を描いた。 彼女の指のたどったあとからはぼんやりと黄緑の淡い光が生まれ、それはやがてドーム状の結界を形作る。 (……無いよりはマシだよね……) 戦争に無縁とはいえないこの国で、軍人の娘として育ったローザだが、実際こんな場面を目にするのは当然初めてである。何をすればいいのか想像もつかず、頼りない結界を張って隠れることしかできない自分を情けなく思った。 とりあえず砲撃がやむまで待とうと、結界内に入ろうとしたとき、煙の向こうでかすかに人の泣く声が聞こえ、ローザは振り向いた。 小さな声……それは、しゃくり上げる子供の声だった。 |