第1章「A Day of spring」

....#23 剣術指南


セシルは持っていた練習用の剣を、並べてある中で最も刀身の長いものに持ち変える。
これは、普段セシルが使っている剣の長さに近いものだ。彼は長剣を得意とするのである。

ベイガンも重剣を手に取り、周りの者も固唾をのんで見守っていた。


セシルは師の言葉は待たずに剣を構える。
刃の無い剣は重量に関わらず妙に軽く感じる。それを見てベイガンも構えの姿勢をとった。


沈黙は深く数呼吸分も続いただろうか、セシルは、両手持ちの重剣を片手で構えるベイガンが、岩のようにまるで動く気配が無いのを悟る。


(打ってこい、か)


思うと同時に、僅かに屈むような姿勢から、剣の長い間合いを利用して斬りかかる。


ひゅっと風を切る音。体を反らせたベイガンはその一撃をすんでのところでかわしていた。かと思うと、身見逃すまいと瞬きもせずに見守る多くの兵士の前からセシルの姿が消える。


消えたというのはもちろん錯覚で、彼らの目がセシルを追おうとした時には、剣と剣がぶつかり合う乾いた金属音が蒼空に響いた。


「……!」


宙に舞ったセシルが上段から体重をかけるようにして正面からベイガンに打ち込んでいる。
ベイガンはそれを剣で受ける。力ではセシルはベイガンに敵わない。

ベイガンが重剣を両手に持ち替えてなぎ払うと、セシルははじき飛ばされるながらも体勢を整えて芝生の地面に降り立った。


ベイガンの力溢れる剣技は少しも衰えをみせていないようだった。
幼い頃は、どんなに懸命にかかっていっても片手で自分を相手していた師である。セシルは懐かしい感覚に嬉しくなった。ベイガンは強い。


再び金属音が鳴り響く、いつになく鋭い音が響いているので、いつのまにか練習場の周りには人だかりができていた。


(……真剣を使ってたらもっと面白かったのになぁ)


打ち合いながらふとそんな考えがセシルの脳裏をよぎる。
ベイガンとの手合わせにこんなおもちゃの剣ではいささか勿体ないように思われた。


「……また、お強くなられたのでは?」


「そうでしょうか。だと良いんですけど」


二人は師弟だが正反対の性格の剣士であった。
その力を生かした重い剣撃が持ち味のベイガンと、しなやかで素早くすばらしく技が立つセシル。共に、前の戦争を生き抜いた者同士である。

お互い一歩も譲らないやりとりに、周りの者はただ言葉もなく見守っていた。

空気が震えるような硬い音が一瞬止む。勝敗を決したのは一瞬の出来事であった。


「…………!」


ベイガンが自ら打ち込んできた隙を狙って、彼の懐に走り込んだセシルが長い剣の切っ先をベイガンの喉元に突きつけている。勝負はそこで終わりだった。


「今回は僕の勝ちですね」


楽しそうな顔で剣を下ろすセシルに、師は苦笑して答える。


「ははは、もう私では敵いませんな」


「まぐれですよ。ベイガンさん相変わらずですもの」


そう言って二人して笑う。そんなさなかのことであった。


低いエンジン音と共に、明るい緑の芝生をゆっくりと影が覆い被さっていく。練習場からほど近い空軍基地から、一隻の軍用飛空艇が飛び立ったのだ。


飛空艇の出動など慣れた光景である他の者達は気に留めなかったが、セシルは驚いて空を仰ぎ、我が目を疑った。

あのような出動を許可した覚えはない。


「セシル殿、どうかされたか?」


「いえ……久しぶりに、楽しかったです」


「後にも先にも、あなたほどの生徒はいませんよ」


「光栄です」


「お前達も、セシル殿を見習って稽古にはげめ」


セシルが手にしていた剣を兵士に渡すと、ベイガンはいつの間にか人だかりになっている練習場の周囲を見回して、若者達に言った。直後、練習場は歓声に包まれる。


セシルはその中を、手を振って立ち去った。



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