第1章「A Day of spring」

....#2 できない相談


「伯父貴! その話ならもう断ったはずだろ?」


「そう簡単に結論を出さんでくれ、カイン……カインよ!」


伯父と呼んだ壮年の男の言葉を聞かないふりをして、青年は部屋を後にした。

天井が高いせいで余計に広く感じる廊下にはぶ厚い豪華な絨毯が敷いてあり、廊下の脇には年代物の油絵が惜しげもなく掛けられている。

バロン旧市街にあるこの屋敷はバロンでも屈指の名家、ハイウインド伯爵家の本宅であった。

重厚な木の扉を乱暴に閉めて歩き出したその青年の名は、カイン・ハイウインド。その名が表すとおり、彼はこの家の人間である。
だが、海軍の青い軍服に身を包み、短い金髪に鋭い碧眼の彼は、恭しげに会釈してすれ違う使用人達にぎこちなく笑みを返しながら、そそくさと屋敷を出ようとしていた。


「あら、相変わらずねぇカイン。そんなに本家の空気にはなじめない?」


「げ」


急ぎ足のカインに横から声をかけたのは、この家の長女のシャーリーン・ハイウインド。見事な金髪を高々と結い上げた、いかにも貴族然とした美人である。
カインはシャーリーンに対して無遠慮に嫌そうな顔を向けたが、彼女はそれを面白がっているかのように笑った。


「まぁ! あからさまに嫌そうな顔をしないでちょうだいな」


「姉貴達、早く誰か婿を取れよな、俺が迷惑してんだから……」


カインはやれやれというように肩をすくめてみせる。


「口の減らない子ね、お父様もお嘆きよ」


ハイウインド家の現当主アーサーには息子が無かった。
年頃というには遅すぎる三人の娘達はまだみな独身で、旅行だ乗馬だ絵画だと好きなことをして気ままに暮らしている。
父親としてはそれももちろん頭の痛い問題であったが、彼にはそれよりももっと大きな悩みがあった。


「カイン、そこに居たのか! シャーリー! カインを引き留めよ!」


彼は竜騎士の伝統を守るハイウインド家当主にあって、竜騎士ではなかったのだ。


慌ててカインを追いかけてきたアーサーが、廊下の向こうから叫んだ。現在ハイウインド家で唯一竜騎士の称号を持つ、弟の息子であるカインとの養子縁組の話を進めるためである。


「やべ……」


「カイン! ……きゃっ!」


アーサーに見つかったことに気がついたカインは、シャーリーンの腕を振り払うと、廊下の手すりを器用に飛び越えて階下へ飛び降りた。
近くにあったカーテンを巧く使って衝撃を和らげる。


「待ってくれ! カイン!」


驚いたシャーリーンと駆けつけたアーサーが下を覗いた時には、カインはもう玄関を出ていくところだった。



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