第1章「A Day of spring」

....#15 会食


夜の食事会は、セシルの無事の帰還を祝って催された。
何かあるごとにこうして食事会や舞踏会を開くのが好きな、バロンの貴族達である。楽隊が入っているので会場からは華やかな音楽が聞こえてくる。

セシルが二階の広間に着いた時には、もう招待客達は大方集まり終えた後だった。


「あら、今宵の主役が見えましてよ」


集まった男女が談笑しているのを見ていると、セシルを見つけたらしいどこかの貴族の娘が親しげに近づいてきた。


「まぁ! セシル様」


「セシル様、ミシディアでのお話を聞かせてくださいな」


「お久しぶり、長いことお顔が見られなくて寂しかったわ、セシル様」


微笑んで挨拶をしている内に、着飾った娘達に囲まれてしまう。
どの娘も確か一度か二度は顔を見た覚えはあるが、名前を思い出すのが億劫なので適当に笑顔を作った。


「こんばんわ、お嬢様方」


「お帰りなさいませセシル様、お待ちしていましたのよ」


「ミシディアは美しい土地なのだそうですね」


「まあ、やはりお話を伺いたいわ、セシル様」


矢継ぎ早に飛んでくる言葉に多少面食らいながらも、つとめて柔らかく笑う。


「ミシディアには、風の生まれる土地と言われる広大な草原があります。風景の美しい場所でしたよ」

「素敵、一度父にいって旅行にいこうかしら」


「それに、かの風のクリスタルはそれは美しい宝玉なのでしょう、一度見てみたいものですわ」


「残念、もう陛下にお渡ししてしまいました」


セシルがそう言ってひとりと話をしていると、強気そうな別の娘が割っ入った。


「それはそうですわ、ハーヴィ様は任務でいらしたのですもの。見せてくれとは卑しいというもの」


「あら、わたくし別に見せて欲しいなどと申しておりませんわ」


「ではただハーヴィ様とお話がしたいだけなんじゃありません?」


「……何を仰います!」


「ほほ、顔に書いてございましてよ」


「おやおや、ドレスを着て喧嘩はよしてくださいね、美しい宝石ならば他にいくらでもあるでしょう、それに私でよければいくらでもお相手いたしますよ」


困った顔をしてそう言いながら、セシルは割り込んできた娘が知り合いであることを知る。


「ミスティさん……」


「やっとお気づきくださったのね、冷たい方」


ミスティはローザの小学院時代の友人で、ケーニス侯爵家の令嬢である。
柔らかなプラチナブロンドの髪を青い宝石で飾って、同じ色のドレスを着たミスティは、悔しそうな様子の他の娘達を横目に、セシルと歩き始めた。


「お久しぶりです。相変わらずお元気そうで」


「ハーヴィ様もそういう物言いは変わりませんわね」


「はは、すみません」


「ご無事でなによりだわ。ファレルさんが喜ぶでしょう、もうお会いになった?」


「ええ、ここに来る前に少し」


妬けますわねと微笑んで、少し話した後ミスティは去っていった。

身を翻して他の客と楽しげに話し始めたミスティを横目に、奥にいる王の元へ向かおうとしたセシルは、ふと見知った男を見つけて声をかけた。


「……伯爵、ご無沙汰してます」


「おお、セシル殿。ご活躍はカインから聞いていますぞ」


アーサーはハイウインド家の当主であり、カインの伯父にあたる。
上品な銀縁眼鏡の奥の穏やかな瞳は、いかにも紳士然として優しげだ。


「ありがとうございます。伯爵もお元気そうで。今日はカインにも会いましたよ」


「……何か言っていましたか?」


アーサーは少し困ったような顔をした。


「どうかしたんですか?」


「いや、グレアムが死んでもう十二年、そろそろカインには私の養子にならないかと話しているんですが……」


「竜騎士の称号のことを気にしてらっしゃるんですか?」


心情をさらりと言い当てられ、アーサーは苦笑する。


「ええ、やはり私の後はカインに継がせたいのです」


「……わかります」


アーサーには申し訳ないが、カインはその話を受けることは無いだろうと、頷きながらセシルは思う。ハイウインド伯爵になって貴族の娘と結婚するだなんて、カインにはおよそ似つかわしくない。

きっと本人が一番そう思っているだろう。


セシルは声をかけてくる人々と挨拶を交わしながら、王の元へと向かった。


「陛下」


「来たか」


王の傍らはセシルの席だった。セシルの姿を見つけた王は、自ら彼を招く。向こう側の隣にあるデュアル王子の席は空席だった。王子が娘達の所に顔を出しているというのは姿を探さなくてもわかる。セシルは席に着いた。


「皆そなたを待っておったぞ」


別に貴族達は自分を待っていた訳ではなくてこういうパーティを開く口実が欲しいだけだと、思ったが勿論口には出さない。


「やはりそなたが戻ってくると華が咲いたようであるな」


機嫌の良いらしい王は、赤い色をした酒の入った杯に口を付ける。


「華? 陛下もおかしなことを仰いますね、僕はただの……」


「セシル、余は喜んでおるのだ」


「陛下……」


「よくぞ無事に戻った。そなたの働き、見事である」


「ありがとうございます。……すべては陛下の御心のままに」



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