彼が寮生活をはじめてしばらくして、バロンとファブールは戦争状態に陥った。学内は勿論、街にもぴりぴりと緊張した空気が流れる。そして、数ヶ月も経たないうちにそれは異様な高揚感へと変化していった。緋色の軍旗がそこここで翻り、国そのものが興奮しているような、奇妙な感覚。

久しく顔を見ていなかったセシルが、城内で訓練を受けているのだという話を聞いたのもその頃だった。

「あいつ、軍隊で働きたいなんて、そんなこと言ってたか?」

「聞いてないわよ。私もびっくりしちゃったもの」

「あと三年待ってカデットに来ればいいのに」

きつく結ったおさげ頭のメアリが首を傾げる。王子、ローザ経由で聞いた話だという。
その時は、あんな小さい体でよく訓練なんて受けているなあと単純に思っただけだった。メアリもすぐに話題を変えて楽しそうに話しはじめたし、その日それ以上セシルのことが話題に上ることはなかった。



その後、カインがセシルに会ったのは、夏も終わりに近づく、涼しい夕方のことだった。

薬草学の実地授業として、バロン校外の森に出かけた日のことだ。薬草といわれてもどれも同じ草にしかみえず、探しているうちに遠くまで来てしまった。

森での実習だったのだが、その日カインはひとり森の向こうの平原へ迷い込んでいた。そろそろ夕方が近い、戻らなければと目を上げた時、ふと、視界の端に何かを見たように感じた。

「…………?」


目に入ったのは、大きな光る半球型のドーム。白魔法によるものであることは一目瞭然だが、とにかく大きい。なかなか見ないサイズの結界だ。

夕焼けに染まることなく暮れはじめた深い青の空に、白色に光る巨大な結界。

彼がいる場所からは少し距離があったが、その中に人が立っているところまでよく見える。そして、そこに目をやってはじめてカインは目を見張った。


あの細い後ろ姿は間違いなくセシル。

何をやっているんだろうと近づいた刹那、結界の光がふっと弱くなり、あっと思った時にはなんだかよく分からない衝撃波で身体がはじき飛ばされていた。

口の中に草と土の味がする。無防備だったせいで酷い体勢で地面に叩きつけられたようだった。
訳もわからぬままよろよろと起きあがるが、幸い歩けないような怪我はしておらず、膝についた泥を払いながらもう一度さっきの結界の方へ目を戻した。


そこにはもう光るドームは無い。
平原を緑で覆っているシロツメクサが、丁度カインの足下までなぎ倒されている。その向こうで、だらりと腕を垂らした体勢のまま、ぴくりとも動かないセシルが居た。

その両腕ともが、引き裂かれたような裂傷でズタズタだ。ぽたぽたと鮮血が滴り落ちる様はいかにも痛々しく、思わず名前を呼びそうになったが、なぜか憚られ口をつぐんだ。


セシルは糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れこむ。

正直、見てはいけないものであったような気がした。


まもなくセシルの傍に一人の老人が駆け寄るのを見ながら、カインはそっと後ずさりし、悟られぬようその場を後にした。


森の入り口ではあきれ顔の教官が手ぶらで戻ってきたカインを待っていたが、カインが先ほどの出来事を口にすることはなかった。

あの衝撃波が一体何であったのか、彼がそれを知ったのはずっと後になってからのことである。







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