お待たせぇ、と、言いながらローザはゆらゆらとプレートを運んでテーブルに置いた。はしゃいだ声がしんとした居間に響く。外が眩しいせいで、部屋の中は少し暗い。

「カイン、制服ぶかぶか」

「作ったばかりなんだから仕方ないだろ。どうせすぐ丈が足りなくなるんだ」

「まだ背、おっきくなるの?」

「ばーか、当たり前。これからだよ」

「へぇえ……」


大人っぽく感心しながら、ローザは自らが今いれた紅茶を美味しそうにすする。隣のカインも倣ってカップに口をつけるが、一口含んで顔をしかめた。

「げ、お前、これじゃミルクティーじゃなくてティーミルクだろ」

「? なにそれ」

「だから、ミルクが多すぎるって」

「おいしいもん」


カインはぼんやりと頬杖をついて、ふくれっ面でクッキーをほおばるローザを眺める。
今日は士官学校の入学式だった。こういう暇な午後はもうしばらくは来ないだろう。真新しい胸の略綬をちらりと見て、カインはミルクくさい紅茶を飲んだ。



「カイン! もう帰っちゃうの?」

「ああ、荷物の支度がまだ終わってないからな」

「じゃ、私も手伝ってあげる」

「うちからここまでひとりで帰れないだろ。俺は今日送れないぞ?」

「……うーん」

がらんとした靴の少ない玄関に立ち、ローザは物足りない顔でカインを見送った。土曜の午後といえば、クライヴが生きていた頃にはここの家族と自分と父、それにシドやセシルなども加わってわいわいと賑やかに過ごしたものだ。

一昨年クライヴが居なくなって、マリアは体調を崩し、メアリやセシルは最近は忙しい。もう大きいから大丈夫よと皆の前では威張ってみせるが、実際はローザも寂しいのだろう。

そして、寮に入る自分も明日からはこの家を訪れる機会は少なくなる。

日の傾く前の、暖かく甘い春の道。
子供たちが自らの人生を歩み始めた、最初の季節だった。


カインにすれば、ただやみくもに前へと進みたいだけで決めた旅立ち。
軍人を目指して、どうなりたいのかはまだわからない。

けれど……拳まで隠す真新しい制服に産毛がざわつく。
突然大人になったような、不思議な実感だった。


坂を上る足が自然と速まり、知らぬうちに駆けだしていた。







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