閑話「君影草」


「こんな所にいたのか。セシル」

なんとなく名残惜しく鈴蘭の庭に居たセシルを見つけて、王は安堵のため息をついた。辺りはもう既に薄暗くなっている。ぼんやりしていたようで、夕方がやって来たことに気付かずいたようだ。青紫の静かな空気に空を仰ぐと、細い細い三日月が、夕暮れの名残の中まるで取り残された傷跡のようにみえた。

「へいか……」

「風邪をひく、部屋に戻るぞ」

この城に暮らすようになってもうすぐ二年。ただの一度も考えたことのなかった疑問がふと浮かぶ。そして、それを心の中にしまって口を閉じるには、彼はまだあまりに幼かった。

「……どうして」

「なんだ?」

「どうして僕を拾われたのですか?」

「セシル……」


鈴蘭が揺れる。
王は悲しいような困ったような顔で、控えめに咲き誇る白い花に目をやった。顔をそらして口だけで笑ったのを、泣いているのかと思ったセシルは慌てて王の衣装にとりすがる。

「ごめんなさい、へいか……泣かないで」

驚いて自分が涙ぐむセシルを、王は笑って抱き上げた。

「そうだな、セシル。お前にはいつか白状しような」

「?」

泣いていると思った王が笑うので、セシルはきょとんと首を傾げる。王はかがんで足下の花を一輪手折ってセシルに持たせた。かぐわしい香りが微かな風に混じる。


「だが……すまないが今はまだ……夢を見させてはくれぬか?」



君影草が鈴蘭の別名であることを知ったのは、ずっとずっと大きくなってからのことである。彼があの庭を亡き王妃のために作ったということも。

しかし王の言葉の意味は、結局最後まで聞けずじまいだった。






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