06:かみ

娘が君を連れてこいとうるさくてねと、運転席のクライヴは言った。はあ、と可愛げのない返事を返しながら、窓の外を流れる町を眺める。こういう外出は実ははじめてだ。どきどきと胸が高鳴るのが我ながら似合わない。

「しかし、よく陛下のお許しが出たものだよね」

他人事のようにそう言うクライヴ・ファレル大佐は禁軍近衛兵長、あの子の父である。朝からの地理学の授業に王子を引っ張って行く途中、ばったり出くわしたクライヴに突然昼食に誘われたのである。はっきり言ってこの父にしてあの娘ありという感じ。表情がそっくりで思わず笑ってしまった。

ファレル家は新市街の郊外にある、ちょっと拍子抜けしてしまうくらい平均的なバロン市民の家であった。車を降りると、クライヴはちょっと待っててと言って門の向こうへ見えなくなる。手入れの行き届いた芝生の庭に、住み心地の良さそうな白壁の家。ふうん、ここにあの子が住んでいるのかと妙に感心して眺めていると、がたんと門を開けて転がるようにローザが飛び出してきた。

「あ、あぶないよ……」

「セシルっ!」

ローザ、と声に出すのを戸惑った所に勢いよく名前を呼ばれたものだから、思わず言葉をのむ。飛び跳ねて喜んでいるローザに笑いかけようとすると、ひょろりとした少年が出てきた。道路に飛び出す奴があるかとローザを叱って、不満そうな彼女をよいしょと抱える。

「…………」

少年はきつい目でセシルを一瞥して、そのまま庭の方へと歩いていった。放してよと暴れるローザの声も遠ざかる。なんだよお前、なんていう言葉が聞こえてきそうなまなざしに、セシルはむっとしてそっぽを向く。

「ごめんよセシル君、みんな揃ってる。入って」

「さっきの、だれですか?」

「すぐに紹介するから。ほらほら」

楽しげに背中を押されて門をくぐる。すぐに子犬のようにローザが飛びついてきたので、むかむかがあやふやになってしまった。

「あ、あの、えーと、ひさしぶり」

「うん!」

背丈の変わらないローザの身体を受け止めきれず、ぎこちなく微笑みながらバランスを崩す。倒れるかと思った瞬間、誰かに腕を掴まれた。

「……そんなちっこいのに飛びつくなよ。でぶなんだから」

「あーっ、カイン、ひどいっ!」

「…………」

さっきの少年だった。短い髪に、切れ長のきつい目。少年は随分年上のように見えた。むきになって抗議するローザを無視して、少年はセシルを見下ろしている。小さいのは年が違うんだから当たり前じゃないかと、どうしてか無性に腹立たしかった。

太陽を背に負い、影になった少年の顔からは表情が読みとれない。ただ、その午後のひかりそのもののような金の髪が目に焼き付く。暴れるローザを気安く抱きすくめて、笑いながら蜂蜜色の巻き毛をぐしゃぐしゃかき混ぜた。なにするのよとローザは癇癪を起こすが、すらりと長い少年の腕の中で、彼女の抵抗は徒労に終わる。

なんだよこいつ。

見ていると余計に腹が立つ。だいたいどうしてこんなに気分を害されるのか理解できなかったが、もういいとばかりにセシルは二人に背を向けて大人達の方へ駆けていった。



永遠に追いつけない追いかけっこは馬鹿げている。まして僕が永遠に追いつけないなんて。

医者や孤児院の教師達が決めた年齢が彼の年だ。毎年の新年祭の日に、ひとつ年をとることにしている。僕の腕があんな風に長く強くなるのはいつだろう。

新年祭りはまだ遠いが、もうひとつ年を数えてやろうかと考えて、セシルはまだ取っ組み合っている二人をちらりと見た。







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