夜明け前、新しく結成された部隊の新兵達と共に、前線行きの戦艦に乗り込んだ。涼しい朝の風が全身をすり抜ける甲板、家族との別れの名残にざわめく若者達から少し離れて、セシルはそっと昨夜貰った護符を見ていた。


「…………」


ゆっくりと港が、そして朝もやのバロンが遠ざかる。はじめて国を出て向かう先が戦場になるなんて、思いもしなかったことだ。


「名残惜しいですかな?」


佇むセシルに背後から声をかけたのはベイガン。


「いえ……」


すみわたる空。
今日もバロンは晴天。


「平気です。ベイガンさん……」


見上げるセシルのまなざしが言葉とうらはらに子供らしく澄んでいて、ベイガンは思わず言葉に窮する。かといって哀れんだ顔をするわけにもいかず咳払いで誤魔化して、小さなセシルの隣に立った。


「初陣には早すぎると、陛下には申し上げたのですがね」


独り言のように呟く。


「僕がですか?」


「ええ」


「そうですか……」


開戦より一年あまり、戦況が芳しくないことは聞き及んでいた。ファブール本土を舞台にした戦闘に、バロン軍はどの前線でも苦戦を強いられているという。おびただしい戦死者に、街では葬儀が絶えないことも知っている。


戦場……つまり、これから行くところ。


「いいですか、セシル殿。この初陣では、生きて帰ることだけを考えなさい」


「…………」


残念そうな響きを隠しきれないベイガンは、僕が生きて戻る可能性がとても低いことを知っているようだ。

死ぬのかな。
未知の死への恐怖はぼんやりとあやふやで、遠い河岸を眺めるようにまるで他人事だった。






洋上の二日間を経て、ファブール南部の前線基地へ到着したのは深夜であった。はじめての異国の土を踏んだセシルを、出迎えに出た警備中の下士官達が物珍しげに取り囲む。


「へぇ、これが陛下の!」

「ホントにちっちゃいなぁ、いくつだお嬢ちゃん」

「へぇぇ、少尉どのだってよ!」

「あ、あの……」

「よさないかお前達」

「た、大佐!」


「ケーニス大佐はどこに?」

「は、前線本部においでかと」

「わかった。お前達、浮かれて命を捨てるなよ」

「はっ!」


呆気にとられるセシルを連れて、ベイガンは急ごしらえの本部へ向かう。深夜といえど兵の半分は起きている。あからさまな興味の視線を感じた。


「やあ、やっとお戻りか。ベイガン」

「私の隊まで、世話をかけたなグレニス」


両手を広げてベイガンを迎え入れた人物、ケーニス公。知ってる。たしか陛下の妹君の夫で……。


「セシル殿、久しいな」

「はい。ケーニス卿」

「ははは、ここではケーニス大佐と呼んでくれたまえ、セシル……」

「ハーヴィです」

「そう。ハーヴィ少尉」


その日はベイガンのはからいもあり、セシルは特別に本部の個室を使って休むことになった。


しかし、新しいシーツにまで鉄と火薬のにおいが染みついた戦地の夜は、眠れるはずもなくふけていった。







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