「セシル!」


夕刻、旅立ちに足りないものを買いに旧市街へ降りたセシルを、久しぶりの声が呼び止めた。


「やあ、カイン」

「お前、ローザを見なかったか?」

「え?」


突然そう切り出されて意味の分からないセシルは首を傾げる。制服姿のカインは困ったように頭をかいて、辿ってきた道を振り返りため息をついた。


「困ったなぁ……」


「何、どうしたの?」


「今日、家を出て学校に行ってないらしい」


「ええ!」


「俺はもう少し探してみる。全く、いつもながら人騒がせな奴だよな」


「はは、ローザだからね」


「お前は……明日……出発だろ?」


「うん」


「……がんばれよ」


「そんな顔しないでよカイン。今生の別れでもあるまいし」


「あ、ああ……そうだな」


「がんばるよ」


柄にもなく気を使っている様子のカインに笑ってみせる。二人はそのまま少し立ち話をした後、手を振って別れた。



セシルはその後本来の目的であった買い物を済ませ、重い荷物を抱えて城へと戻った。 とっぷりと暮れた暗い道を辿り、部屋へ戻る。ローザは今頃カインに叱られているのだろうか。折角だから今日会いに行っておけば良かったかなと思いながら扉を開けて……思わず、荷物を落としそうになった。


そこに、ローザが居た。


待ちくたびれたようにソファで眠りこけた少女。しばらく動転して立ちつくしていたセシルだったが、荷物を置いて、起こさないようにそっと近づいた。 腰まで届く長い巻き毛にまるで抱かれているような、安らかな寝顔。黙っていればこんなに可愛いのに。慌て者でお転婆で、人騒がせなローザ。

先刻血相を変えて彼女を捜していたカインを思い出す。


「帰ったら怒られるよ、君」


聞こえないように呟いたつもりが、気配を感じたのかローザは目を開いた。そして目の前にセシルが居ることを知ってぱっと飛び起きる。


「セシル!」


「こんばんわ、ローザ」


「あれ? やだ、私寝てたの?」


「学校さぼって?」


「えええ、どうして知ってるの?」


「寝言で言ってた」


「ええっ! そんなの聞いた?」


「あはは、嘘だよ」


「セシル!」


目覚めた途端驚いたり慌てたり怒ったり、あまりにローザらしい反応に思わずセシルは吹き出した。しまいには肩を震わせて笑うものだから、怒っていたローザはやがて途方に暮れてしまう。


「ごめんごめん。どうやってここに入ったの?」


「デュアルさまにお願いしたの」


「そっか。王子か……で、今日はどうかした? ローザ」


「あ、そうそう!」


ごそごそと鞄を探って彼女が取り出したのは、小さな銀の板を使った白魔導師のお守りだった。


「アミュレット……」


「うん。今日、ハイム先生の所に行ってもらってきたの。しろき……」


「白き約束の護符」


「うん。そうそう」


高位の白魔導師は宝石や金属板などを使って護符を作る。ルビン・ハイムは王室付きの医師であり、バロンきってのヒーラーでもあった。


「セシル、危ないところへ行くのでしょう? カインに聞いたの」


「うん……」


「このお守りにね、セシルが無事に帰ってこれますようにって、お願いしたの。だから……」


革紐が通されたその護符を首にかける。小さなローザが、ひとりで町はずれのハイム宅まで足を運んでもらってきてくれたものである。見ると、板の裏には不器用な文字で彼女の願いが彫り込まれていた。


「…………」



「ありがとう」







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