そして、小さなセシルを軍人にするための教育がはじまった。 朝から晩まで勉強と訓練に明け暮れる日々。十も年上の士官候補生が学ぶ内容も、水を吸う真綿のように身につけていった。 もう以前のように頻繁にファレル家に出入りするような時間的余裕は無くなっていた。カデットの寮に入ったカインも忙しくしているようで、顔を見ない。 会いたいと思わないわけではないが、思う余裕もないほどに全力疾走の日々であった。 「セシル殿、あなたは力で押そうとしてはいけない」 剣術の指南役を務めている陸軍所属のベイガンが、セシルの剣を受けて、なぎ払う。仁王立ちのベイガンは先ほどから、どっしりと根を下ろした大樹のように不動のままである。 「来なさい。私がここから一歩でも動けば、あなたの勝ちだ」 「はい!」 陸軍でも随一の剣士と評される彼が子供に剣を教えるなんて、はじめの頃は皆内心笑ったものだった。
ベイガンにしてみても、そもそも王の酔狂につき合わされているつもりで始めた訓練であった。 簡単に弾き飛ばされたセシルが、荒い息をつきながらよろりと立ち上がる。何度立ち向かっても一歩も動かないベイガン。悔しい。自分がこんなに負けず嫌いだなんて知らなかった。 ただ強く強く強く。大人に負けない力が欲しい。 「その細い腕でまともに打ち込もうと考えなさるな」 「……はい」 「速く動くこと、それから、力の流れを考えなさい。大丈夫、あなたには才がある」
奏でるように。優しく、柔らかく、速く、鋭く。 ファブールとの戦いは日増しに苛烈さを増していた。戦争の原因を作った海底油田の利権問題を含め、バロン王の施策には国内外での評価が荒れに荒れた。 だが、セシルにとってそのようなことは興味の対象とはなり得なかった。ただ強く、賢い兵となること。王を失望させない自分であること。愛され続ける自分であること。 強引な国策が世論を呑み込もうとするなか、王への風当たりの強さは逆にセシルの想いを強くした。何があろうとも、自分だけはルクスフォードと共にあろう。 暗い話を聞くにつれ、決意は堅くなっていった。 |