緋色に染められたバロンの軍旗を、最近よく見る。
戦争が始まったのだという。城内も心なしか緊迫感が漂うようになっていた。

毎日、新しい部隊が結成されては戦地へと旅立っていく。戦の相手は大国ファブール。前線は海を越えた遠い場所にあるという。

当然だが、王に会える時間はめっきり減ってしまった。もう何日も顔を見ていない。
今では食事の時間さえ家臣達との会議に充てられていて、セシルが共にすることは許されなかった。忙しい王の姿を見るにつけ、役に立てない子供の身を悲しく感じた。

あの赤い軍旗、陛下を守る兵の旗。
この春から、カインは士官学校に入って軍人になる訓練を受けているのだという。自分も十二才になれば入れるのだろうか。三年は長い。そして卒業までの八年はもっと長かった。

今、役に立ちたいのに。




「……陛下、セシルです」

夜、少し緊張した面もちで半月ぶりに王の私室のドアを叩く。久しぶりに時間が取れるからと言付けがあったのだ。

「良い、入れ」

「失礼します」

「……なんだ、他人行儀なのだな」

大人達がやるように戸をしめて頭を下げたセシルに、王は少し残念そうに言った。

「陛下」

「幼い頃は可愛かったぞ?」

「……すみません」

「冗談だ、セシル。そなたも大人になった証拠であろう」

王は夜もあまり部屋のあかりをつけようとしない。今夜も部屋は静かで、暗かった。




「戦は、長くなるのですか?」


「興味があるのか?」


「いえ……陛下がお忙しそうなので、心配です」


「案ぜずとも良い……近頃は剣術もよく学んでいるそうだな」


「強く、なりたいので」


「そうか……」


「…………陛下……」


疲れのみえる王の横顔に、胸が痛む。

陛下のために働きたい。それはここに来た時に決めたこと。ルクスフォードはそんなセシルの心を見透かしたように微笑んで口を開く。頬に冷たい指が当たる。耳元にさらりと黒髪が流れ、囁きが甘くセシルを包んだ。


「そなたには力がある。幾千の兵にも匹敵する、大きな力だ」


未だ口にしたことのない願いをなぞるように、王は跪きセシルの目を覗き込んだ。


「私のために、働いてくれるか?」


王のため、あの赤い軍旗の下で。
耳を打ったことばは、震えるような快感に満ちていた。







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