突然の訃報が届けられたのは、確か雨の日だったと記憶している。グレアム・ハイウインド……カインの父とはあまり話をしたことも無かったので、驚きはしたが、亡くなったといわれてもピンと来ないのが正直なところだった。 葬儀に列席する許可を得て、旧市街の集会場へ向かう。黒服の人だかりが目に入る。思ったよりずっと質素な葬儀だった。 「…………おぅ、来てくれたのか」 「カイン……」 一人きりの家族を失ったカインは存外に平気そうな顔をしていて、逆にかける言葉を失ってしまった。彼の目の、澄んだ青が痛い。 葬儀は滞りなく進み、午後にはグレアムは土の下の人となった。ハイウインド本家の人間、名誉ある竜騎士として墓石にその名を刻んだ彼は、家を捨てた男なのだと聞いている。母のいないカイン。墓場から帰る道、セシルは親戚達に付き添われて歩くカインの後ろ姿を眺めて歩いた。 石畳の旧市街には雨が似合う。 「なぁ……ちょっとうち、寄っていけよ」 弔問客が皆去った夕刻、別れ際にカインがそう言ったので、断る理由もないセシルは彼の家を訪れた。はじめて上がったカインの家は街道沿いの古い民家で、二人暮らしには丁度良い小さな家だった。 「まだ、ちらかってるんだけどさ、適当に座ってくれ」 「うん」 言いながらカインは、慣れた様子で台所に立つ。てきぱきと食器を片付ける様がなんだか不思議な感じ。カインがこんなにまともに家事が出来るなんて驚きだった。 「なんだよ、そんなにおかしいか?」 「いつも家事とか、してるの?」 「まぁな、親父そういうの下手だったからさ」 「……ごめん」 「気にするな、本当のことだし」 何事も無かったように普通に笑うカイン。彼のきつい顔は笑うと妙に優しくなる。温かい飲み物を入れた大きなマグカップをテーブルにどんと置いて座って、ネクタイを不器用に緩める。それから、ふと気づいたように胸のポケットから何か取り出した。 「……指輪?」 それは、上品な銀の、女物の指輪だった。 「ああ」 「どうしたの?」 「盗んだ」 「え?」 「親父の」 「…………」 「ほんとは、一緒に埋めてやった方が良かったんだろうけどさ」 その指輪が誰のものであったのか、母のものであったのか、グレアム以外に知るものはいない。だが、カインは冗談のようにそう呟いて、指輪をポケットにしまった。
内側に細い字でなにやら彫られた、甘い約束の印のようなその指輪。 |