王宮は大きな大きな石の城だった。

本当はここに来ればもっとあの王と一緒に居られるのだと思っていたが、実際のところセシルの毎日は孤児院に居たときとさほど変わりなく、変化といえば部屋と寝床が豪華になったくらいのものであった。いや、部屋から殆ど出してもらえないのだから、城とはいっても牢獄と同じだ。

子供が大勢居ないのはせいせいしたような気もしたが、構ってくる人間が居ないのは寂しい。何日かに一度ちらりと部屋を訪れる王をひたすらに待ち続ける日々。苛立たしい寂しさがつのるほど、王の顔が見えた時の喜びは大きかった。

ルクスフォードは不思議な魅力に満ちた男だった。優しいがセシルを子供扱いはしないし、威厳に満ちているかと思えばどことなく気さくで、ふたりの時にみせる愛情はあまりにストレートであけすけだ。

その様子は他のどんな大人とも違うもので、セシルはいつもどんな風に話をすればいいのかどぎまぎさせられる。色々話をしたいと思っていたが言葉が浮かばず、ただこの真っ直ぐな黒い髪をきつく上げた、保護者らしくない保護者の骨ばった横顔を、星を見るように眺めていた。

けれど、王は今日も来ない。 だいたい、まだ約束の魔法を見せていない。 今日も明日も明後日も、こんな日々が続くのなら孤児院に居た方がよっぽどましだと思いはじめた、そんな朝のことだった。

「待たせたな、セシルよ」

晴れやかな様子でそう言った王を、恨めしそうにセシルは睨む。一体何日ぶりにここに来たのかわかっているのだろうか、この人は。

「ああ、すまないすまない。そなたには随分寂しい思いをさせてしまったな。色々うるさいことを言う家臣が多くてな。手間がかかったのだよ」

「…………」

そんな言葉ではもうだまされないと、嬉しいのを我慢してへの字口を作ろうとするが、にこにこ笑って抱き上げられたらやっぱりそれも叶わない。

「へいか?」

「ああ、もうここに閉じこもっている必要はないぞ。そなたを城に住まわせることは皆に了承させたからな。今日のパレードには一緒にゆこう」

その日はルクスフォード3世の戴冠10周年パレードがとりおこなわれることになっていたのだ。部屋に現れた王も正装だった。自分の身に何が起こったのか理解できないまま部屋から連れ出され、初めて見る石の回廊を通って大広間へ出る。




「!?」

そこには、目眩がするほど大勢の、軍服姿の大人達。驚いて王を見上げると、彼は最敬礼の軍人達に、軽く手を挙げてこたえていた。

重い金色に輝く冠、乾いた秋の青い空。
パレードの軍用車は赤い色で飾られて、街道沿いを埋め尽くす人々がなんだか絵画のようだ。傍らのこの人は、本当にこの国の王なんだと実感したはじめての瞬間だった。

やっぱり、今度魔法をみせてあげようと、セシルは思っていた。自分はきっと、この人の役に立つためにここに居るんだ。

「へいか」

歓声に紛れてそっとそう耳打ちしたセシルに、王はこれまでで一番優しい笑顔を見せた。


いつかきっと、僕も陛下を守る兵となろう。
脇を歩く軍人達の勇ましい制服姿にセシルは思った。







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