第2章「ESCAPE」

....#64 旅立ち


砂漠とはいえ、ダムシアンの都周辺は湖を抱えるオアシスである。
眠らずに迎えた朝の太陽がさわやかな日差しは霜をはらい、どこからともなく美しい羽根を持った小鳥たちが一日の始まりを歌う。凍えた体でじっと輝く湖を見つめていたセシルの元に、大きな荷物を抱えたカインがやって来た。


「おい、セシル」


「カイン」


振り向いた血の色の失せた頬を見て、カインは苦笑して手にしていたコートをばさりとセシル頭に被せる。


「そんな目立つ格好でうろうろするわけにもいかないだろう? だいたい、その血の付いた軍服じゃまるで幽霊だ。着替えろよ」


「ごめん」


暖かそうなコートからごそごそと顔を出して、セシルはカインの方を向く。
彼が持ってきたのは、フブリが冷え込むことを見越して持ってきていたコートと簡単な着替えだった。膝下まで隠れるので、赤い軍服も目立たない。ありがとうと言ってセシルは微笑んだ。


「なぁ……本当に、軍を離れて良かったのか?」


渡された服にさっさと着替えようとするセシルに、カインは未だに信じられないといった様子である。けれど、彼が自ら下した帰還命令に従い、空軍はセシルを置いて帰ってしまった。それがどんなことかくらいよくわかる。

もう、バロンへは戻らないつもりなのか?


「……わからない」


「おいおい、頼りないなぁ……大丈夫か?」


「うん、大丈夫」


冷たい外気に晒されたセシルの背中は傷痕だらけで、幼い日の彼を思い出させる。
はじめの戦争の頃だ。彼はバロンへ戻ってくる時はいつも大怪我で、治るとすぐに戦場へと呼び戻された。セシルと会うといえば怪我の見舞いばかりだった時期のことを、カインはふと思い出した。


「……お前にこういうことを聞く方が間違いだった」


「カインこそ気を付けて」


「ああ、わかっているさ」


ぶっきらぼうにそう答えて、カインは寒そうに着ていた上着の襟を立てる。眩しい日差しには熱が無く、砂漠はまだとても寒かった。


「あいつらを頼むぞ」


「……ああ、無理を聞いてもらっちゃったね」


「まぁ、信じるさ。お前も無理をするなよ」


「……うん」

「カイポまで馬車で戻れるらしいから、俺はそれで帰る。お前はあいつらを起こしにでも行けよ。ちゃんと喋っておかないと後々辛いだろ?」


「……はいはい、わかりましたよ」


わざとふざけたように返事をして、セシルは城の方へと歩き出した。カインはそれを苦笑して見送る。

カインの服を着たセシルは、手に持っていた剣と鞘をコートの背に付けなおしながら、ゆっくりと歩いていった。



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