第2章「ESCAPE」

....#63 砂漠の光


父王の遺体に対面することは叶わなかった。なぜかと問うても家臣達は皆悲しげに首を振るばかりで、それ以上詰め寄る気力も起きなかった。

五年越しの恋が実るはずだった。
皆が祝福してくれるはずだった。

皆ここにいるのに、もう目を覚まさない。

冷たい床に横たわった兄と恋人の顔を見つめていたギルバートは、やがてゆっくり動いて部屋を出た。外には、沢山の側近や大臣たちが心配そうな顔つきで彼のことを待っている。
向こうには、負傷兵の手当に走り回る使用人達の姿も見えた。


「…………ギルバート様……」


大臣のひとりが口を開く。
ひとり残された弟王子。兄王子亡き後、彼がこの国をしょって立たねばならない。
家族と恋人を一度に失ったかの優しい王子がそれに耐えられるのだろうか。

ギルバートは取り囲む重臣たちに力無く微笑むと、そのまま外に向かった。
砂埃が沈んだ回廊を歩く。しんと静まり返った廊下にはもう誰も居ない。

まるで知らない場所のようなたたずまい。石の壁があちこち崩れて、強い日差しが差し込んでいた。きっと外はいつも通りの、暑い昼間なんだろう。

幼い頃から、慣れ親しんだ暑さ。

城門をでて、その水分を含まない暑さを感じると、
彼はすこし安堵を覚えた。


高台にある城から町が見える。
人通りが少ないのはやはり昨日の戦闘のせいだろう。
だが、意外なほどに町は被害を受けてはいなかった。
飽和した頭の隅で、そのことにほっとする自分が居ることに彼は気付いた。


別のことを考える。
それは救いにみえた。


町の向こうは、一面の砂漠。
地平線の向こうまでの砂。
暮らしにくい気候、この国では、どんな宝石よりも一滴の水を尊ぶ。


(水……水の、クリスタル……)


父の言葉が甦る。
言い伝え通りロチェスターの恵みがクリスタルによるものなのなら、あの輝きは砂漠の奇跡そのものである。

父が守ろうとしたのは、あの奇跡なのだろうか?


(僕と君が、生まれた国……)


作物の実らないこの痩せた土地で、それでも人が生まれ、暮らし、死んでゆく。
何カ月も雨を待ちわびるような厳しい自然のなかで、澄んだ水をたたえる湖とクリスタルの輝きは、「砂漠の光」と呼ばれ、人々の心の拠り所となっていった。


(父上、そういうことなのですか?)


(クリスタルとは……)


乾いた風が吹いた。
軽い砂をのせた、暑い空気が髪をなびかせる。
生まれた城が破壊されてはじめて、彼はこの国を知った気がした。

平和のなかで、見えなかったもの。
まだつかめない、でも何となく分かる気がした。


(ぼくは……強くなりたい)


今は速い流れが、彼をどこか遠くへ連れていってくれる気がした。
何か別のことに、悲しみをすりかえて、とりあえず、前へ。



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