第2章「ESCAPE」

....#22 夜の訪れ


もう日暮れから二時間近くになる。
カインは窓辺に立ち、澄み渡った夜空に音もなく浮かぶ飛空艇を見つめていた。

明後日に王子の結婚式という喜ばしいイベントを控えて、浮かれていたはずのこの国は今、張りつめた静けさの中にあった。戒厳令が敷かれた城下町に人影は見えない。今、彼らは息を潜め、成りゆきを見守るしかない。


「静かだね」


最初にそう言ったのはローザだった。リディアは恐がってベッドの中にもぐりこんでいる。アンナは先ほどからぼんやりと座り込んだままだ。


先刻アンナを連れてこの部屋を訪れたギルバートは、赤い翼来訪の理由については語らず出て行ってしまった。

無理もない。どうせろくでもない話なのだろう。近頃空軍の任務はバロンの強硬外交の手段であることが殆どだ。釈然としないことだが、それを口にする機会も立場も無いのだからと、敢えて何も言ったことはなかった。実際に現場を目の当たりにするのは初めてである。

「ああ……」

とっぷりと暮れた空に、黒々とした巨大な影が三つ、目前に迫っている。
飛空挺はもう長いこと動く気配を見せない。皆の暗い表情と、気味の悪い静寂が辺りを包む。

しかし、もう言った方がいいだろう。
自分で奴の姿を見つけてしまったら、ローザはそれこそショックを受けるに違いない。


「たぶんこれ、セシルだぞ」


長い沈黙の後、考え込んでいたカインが口を開いた。
憂鬱そうな顔をしていたローザはその言葉にぎくりと振り向いた。


「…………?」


「たぶんな」


なるべくそっけなく、けれど目を見てそう告げる。ローザは一瞬不思議そうな顔をして、それから、やはり思った通りの反応。みるみる青ざめ、しかし信じられないといった様子で小さな拳を握りしめてカインを見上げる。

ああ、やはり急ぎすぎたのかと思ったのとどちらがはやかったか、爆発音と共に振動が部屋を襲った。

(……セシル! お前っ!)

最悪のタイミング、最悪の展開。カインもただ呆然として立ち上る煙を見つめていた。見る間に砲撃は激しくなっていく。

レッドバロンの砲門がどれだけ命中性能の良いものであるか、確かシドに聞いたことがあった。恐怖に取り乱すリディアとローザ、カインは自分自身にも言い聞かせるように叫んだ。

「お前ら落ちつけっ!、心配ない。これは威嚇だ!」

「い、威嚇っ? ほんと?」

「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっ!」

「ホントだよ! 落ち着いて窓の外見てみろっ!」

断続的に行われる砲撃がどれも見当違いの壁や庭に落ちるところを見れば、それは容易に推測できる。たぶん、脅迫まがいの交渉でもやらされているのだろう。けれど、これは攻撃を辞さない意志そのもの。……一体何事なのかは見当もつかないが、セシルが穏便に収める努力くらいはしていると思いたいものだ。


(任務か何か知らないが、ここで戦うな! セシル!)


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