第2章「ESCAPE」

....#16 弟王子


思いもよらずダムシアン城に泊まることになった3人はアンナとギルバートの案内で、街のなかを見つつ城へと向かった。


「……なんか、贅沢な旅になったね……」

「俺の日頃の行いが良いからだ」


ギルバート達を迎えに来た専用車の中で、ローザとカインはこそこそと話した。リディアは、初めて見るダムシアンの異国情緒たっぷりの風景にすっかり見とれて、夢中でアンナの話を聞いている。

二人の結婚式は明後日なのだそうだ。国中がお祝いムードに包まれて浮き足立っていた。車は街道をゆっくり走り、周りから次々投げかけられる祝いの言葉に、ギルバートは窓から手を振って応えていた。


ダムシアン王国第二王子のギルバートは、その容姿の通り気が優しく、剣よりも音楽を愛し、父王を補佐してしっかりしている兄王子とは好対照であった。ダムシアンの二人の王子は『勇気ある兄、慈悲ある弟』と呼ばれ、国内外で褒め称えられている。そして国民は皆、二人を誇りに思っていた。

ギルバートとアンナを乗せた車に、窓から花びらの祝福が贈られる。それを見たギルバートは、皆気が早いと微笑んだ。
王子の結婚を国中の人間が祝福していた。


お祭り騒ぎの町を抜け、専用車は城へと到着した。
美しいタイルで飾られたダムシアン城は、バロン城の質実剛健な感じとは違い、優雅で美しい城だった。間近に控えた結婚式に向けてがやがやとにぎやかに話すお付きの者たちに囲まれて、乾いた色をした煉瓦の階段を上る。

いつのまにか太陽はすっかり高く昇り、だんだんと熱を帯び始めている日差しは、これから始まる一日の暑さを物語っていた。

古風な作りの城の中は、分厚い石の壁のせいかひんやりしていて、思ったよりも快適だった。昔は、暑さをしのぐために水を配したりしたのだが、今ではもう暑くなれば空調も利くのだと、お付きの者の一人が話してくれた。

城の中があわただしいことにギルバートが気を使い、「ごたごたしていて申し訳ない」といって案内された部屋は、城の中でも奥まったところにあった。式の準備に追われている使用人達の喧噪もここまでは伝わってこない。


「しかし、本当に妙なことになったな……」

町の方に面した窓から外を見ながら、カインがつぶやいた。部屋には案内の者が持ってきた冷えたフルーツが置かれてある。

「いいんじゃない? 泊めてもらえるんだし」

天蓋付きのベッドにさっそく寝転がって、ローザはすっかりくつろいだ様子である。

リディアはメアリに用意してもらった自分用の荷物をあけて、ここまで隠し持ってきた母の形見の首飾りを探し出すと、大事そうにそれを首に掛けた。


「いや、オレこういう、豪華な部屋って苦手なんだよな」

カインはどこか所在なさげな様子で目を泳がせる。

「ハイウインドの本家がああだから?」

「いやまぁ、……そうだな。そうかもな」

「ふーん、私だったらあんなすごいお屋敷に住んでみたいけどな」

「すごいったってアレだぞ、お前、本家なんか行ったら使用人だらけでさ、落ち着けないっての」

「ゼータクな悩みってやつだね」

「贅沢はな、三日で飽きるんだって」


窓の外の景色を見ていると、たった二日前にはバロンの自宅にいたなんて思えないような気がした。

実際、ずいぶん遠くまで来てしまったのだ。なにか取り返しのつかないことを始めてしまった気もしたが、深く考える前にローザはまた眠ってしまった。たった二日でも、揺れている所で過ごすのは疲れるようだった。同じようにリディアも、その日の午前中は眠って過ごした。


二人が眠っている間も、太陽は嘘のように青い空高く昇ってゆき、近い細かい砂の一粒一粒を熱で満たしていくようだった。
まだまだ夏にはほど遠いというのに、正午をすぎる頃には温帯のバロンに暮らすローザ達には真夏かと思われるほどに気温が上昇していた。

長い一日になりそうだった。



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