第2章「ESCAPE」

....#10 西回り航路、北へ(2)


「隊長、もうじき砂漠に入ります」

短いノックの音と共に、エイリの声が聞こえる。

「夕刻には任務が始まります。……変わった景色でも見て気分転換されたらどうですか?」

あからさまに心配そうな声である。セシルは薄く目を開けてこたえた。

「……ああ、そうだね」

ゆっくりと身を起こすと、外していた上着のボタンを止め直しながらドアを開ける。ほっとしたような顔のエイリが居た。柔らかい金髪と、暖かい海のような深い青の目。いかにも育ちの良さそうな彼の副官。

彼は空軍の任務に置いて、いつも基地となる飛空挺を守る立場にある。

「いい天気ですよ、久しぶりに」

「そりゃ、砂漠だからね」

「今日は朝から何も召し上がっておられないでしょう?」

「食べると眠くなるから」

「……人の上に立つお方なんですから、そういう子供っぽいことを言わないでください」

「わかってるよ、いらないだけ。集中力が落ちるんだよ」

「そうですか。……まあ、そう仰るなら別にいいですけど」

「君は有能だけど、口うるさいのが玉に傷だね」

「世話の焼ける上司がいますから」

二人は、指令官室を出て、すぐ上にある小さな展望室へ向かった。
飛空挺の最上部に位置するこの部屋では、大きめに取られた窓から遠方が見渡せるようになっている。操舵室からは遠くの様子が目視できないので、この部屋は見張り台の役目も持っていた。

「副官殿……あっ、隊長も! どうかなさいましたか!?」

見張り役の兵が驚いて立ち上がり、二人の方を向いて敬礼する。

「ごくろうさま、少し……中佐と話があるんだ」

「はっ! では自分は下におります。何かあれば仰せ下さい!」

「すまないね」

笑顔で兵士を見送ってから、窓の外を見やる。地平線の向こうまで、見渡す限り黄金色の砂の海。当然の如く人間が暮らしている気配は感じられない。既にダムシアン領の上空であった。

「ダムシアンか……」

君主は有名な平和王ベルナルド。徹底した中立姿勢で国土を戦場にしたことのない名君である。

「隊長、何度も言ったんですけど、嫌だったんですよ僕? 今回の任務に隊長が参加するのは」

「どうして?」

「カンです」

「なにさそれ」

「ほんとですよ」

「僕が死ぬとか?」

「縁起でもない」

「じゃあ何があるって?」

「……別に僕は予言者じゃありませんからね、そんなことはわかりませんよ」

「あはは、確かに。エイリは占い師って柄じゃないよね」

「わかっていただけたらいいです。とにかく、この任務が終わったら改めてちゃんと休んでください」

「はいはい、わかったよ」



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