第1章「A Day of spring」

....#17 静かな酒宴


宴もたけなわになった頃、セシルは広間をを後にした。

居心地の良くないパーティ会場を抜けて、涼しい夜風の吹く庭まで出る。
エイリはもう待っているだろう。部屋に寄って着替えてから城を出た。

立ち並ぶ古い家々の窓からもれる暖かい光が落ちる街道を歩いて下る。
私服に着替えたセシルは、肩の力が抜けている自分を感じた。
そんな風には少しも思っていなかったのに、自分は疲れていたのだろうか。

彼がミシディアへの任務へと発った日は、たしかとても寒い雪の日だった。
あれから、もう半年も過ぎて、今はもう春。


……夜風の涼しい夜だった。


のんびりと歩いてエイリの待つ店に着いた頃はもう随分遅い時間になっていた。
薄暗い店に待つのはエイリひとりかと思いきや、他にも若い部下が二人ほど居た。


「隊長、遅かったですね」


「悪いね、なんだかんだと捕まっちゃってさ」


「それはご苦労なさったんですね」


「まぁ、慣れてるんだけどさ……って、イアンにジーン、どうしたの?」


エイリと一緒に居たのは、二人の兵卒の若者である。
セシルよりも年下の、まだ軍に入ったばかりの若者であった。


セシルが直接指揮を取る部隊に配属されているので、彼らのことは顔も名前もよく知っている。年の近い部下は親しみやすい存在でもあるため、二人のことは気にかけ、可愛がっていた。


「たいちょうー、もうなんだかやりきれないですよ……」


「私が来た時にはもうこんな調子だったんですよ」


エイリが苦笑いで説明する。どうやら偶然この店で会ったらしい。
しこたま飲んでいるらしい二人はすでに出来上がっていて、しかも随分落ち込んでいる様子だった。


「だって隊長……あんなのって、いくら任務でも……」


「そうですよ、いくらなんでも酷すぎますよ……」


がっくりうなだれた若い兵士に、セシルは優しいまなざしを向けて何も言わなかった。彼らが落ち込んでいる理由がこの半年のミシディアでの任務にあることは、話を聞かなくてもわかる。


本格的な任務に出たのが初めてだったこの二人にそれがショッキングなものであったことも理解できるつもりだった。だが、何となくかける言葉が思いつかず無言のまま隣に座る。


「……」


「……」


セシルが無言なのを不安に思ったのか、イアンとジーンも黙り込む。
エイリは困った顔で追加の飲み物を頼んだ。


「なんだかしんみりしちゃってますね。みんな無事だったことをひとまず喜びましょう?」


「副官どのぉ……でも……」


「イアン、ジーン」


「はい」


「……はい」


グラスを受け取り、セシルは夕暮れのような色をしたその酒に目を泳がせて、独り言のようにぼんやり呟いた。


「君たちはどうして空軍に入ろうと思った?」


「どうして……って、それは、隊長の元で働きたかったから……」


「そっか、ありがとう。でもね、もしこういうのが本当に辛かったら、僕の隊を抜けられるようにしてあげるよ」


「隊長?」


エイリが驚いた目でセシルを見るが、セシルはグラスの中身を眺めたまま、つくりもののように端正な横顔を向けているだけだった。


「君たちの年だったとき、僕はユダ攻略の戦場に居たんだ」


「…………隊長……」


セシルは誰に話すでもないような調子でそう言った後、涙目でやけ酒を飲んでいた二人の方を向いて優しく笑った。


「……僕は、責めないよ」


「そんな……俺たちを見捨てないでください、隊長」


「見捨ててなんかいないさ」


「隊長、どうしたんですか」


「ああ、これおいしいね」


見かねたエイリが口を出したが、セシルはわざとらしく話を逸らす。
そしてもうその話の続きをしようとはしなかった。


夜半を過ぎる頃には二人の新兵はカウンターで沈むように眠りはじめ、その後は穏やかな顔でペースを崩さないエイリと、同じく飲み過ぎるようなことはしないセシルは、ずっと何か静かに話をしているようだった。


そうして、静かな酒宴の夜はふけていった。



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