第1章「A Day of spring」
....#11 再会
ローザがバロン城を訪れるのは実は半年以上ぶりである。 前は確か、セシルが任務に旅立つ前に学校行事で訪れたのだ。 (ここにくるのもひさびさだなぁ) 城のまわりは広い庭で、見通し良く設計された人工の森になっている。 午後を過ぎた五月の陽気は長袖に少し暑いくらいだったので、柔らかい庭の木漏れ日は心地よかった。細い遊歩道は磨かれた石畳で、隅々まで手入れの行き届いた芝生はあおく美しい。 父が近衛兵だったこともあり、小さい頃はよくここで遊んだものだ。 最近は足を運ぶことも少なくなったが、この庭には子供の頃の思い出が詰まっている。 遊歩道の先の奥まった場所にある彼の離れの前で、青年は彼女を待っていた。 赤茶色の長い髪に、朱の軍服が凛々しいセシルは、ローザの方を見てふわりと笑う。 「ひさしぶり、ずいぶん早耳だねえ」 あいかわらずだとローザは思った。 半年前と少しも変わらない 穏やかで綺麗なセシルの笑顔だった。 「おつかれさま」 (任地はミシディアだったそうだけど、半年も何してたのかしら?) ぼんやりとそんなことが頭に浮かんだが、すぐに忘れた。 仕事のことはあまり聞かないことにしているのだ。 いつも忙しいセシルをあまり困らせたくはなかった。 彼は十八の時、二年以上続いていた隣国との戦争で大勝を収めて空軍最高指令官に就いた。 歴史上類をみない異例の出世。今のセシルはもはやバロンの英雄である。 そんな幼なじみの顔が見られるのは、最近では一年のうちでたった数日だった。 「学校はどう? がんばってる?」 セシルが自室の扉を開けローザを笑顔で迎え入れる。 彼の所作のひとつひとつをたまらなく懐かしく感じながら、ローザも笑って答えた。 「私わりと成績いいんだよ」 「ローザは実技得意だもんね」 石の螺旋階段を上った三階にあるセシルの部屋の空気はまだひんやりとしていて、長い間主人が不在だったことを思わせた。セシルはローザを招き入れながら申し訳なさそうに部屋を見渡す。 「ごめんねえ、この部屋殺風景でしょ。紅茶でも入れるから適当に座って」 「うん」 だいたい、彼がこの部屋でゆっくり過ごすことなど滅多にないのだ。 そのせいか、いつも手入れは行き届いているのに、なんだか人の住むところではないような気がする。 ローザは、案内された長椅子に座って、なんとなくセシルの姿を見ていた。 軍隊育ちのセシルは身のこなしがしなやかでとても美しい。端正な顔立ちは中性的で、柔らかなな物腰は女性的とさえ思えた。彼の一つ一つの所作にぼんやり見とれる彼女の様子に、セシルが気づく。 「……どうかした?」 振り返ったセシルに、ローザは慌てて首を振る。 見とれていたなんて言えるわけがない。 「べつに、なんでもないの。ほんとひさしぶりだなぁって思って」 「……そうだね」 そう言ってセシルは目を細め、また笑った。 窓からは傾きかけた午後の日差しが差し込み、セシルの細い髪の一本一本が日に透けて光の縁取りとなる。 埃の沈んだ冷たい部屋に、彼の笑顔がはかなく滲んだ。 静寂。まるでこの部屋だけは時間が止まっているように思えた。 |