「なぁ」 背後から突然ぽんと放り投げられた言葉を何気なく受け止めて、セシルは振り向いた。少女の様に切りそろえられた赤い髪が揺れて、幼く身体の小さい彼は本当に女の子のようにみえる。
けれどカインがその感想を口にすると、決まってセシルはむっとした様子で彼を見上げて抗議の言葉を口にするのだ。 「なに? カイン」 夕焼けに染められた海風が胸に広がる、ファレル家からの帰り道。この街道を上れば彼の家はすぐそこだったが、セシルを呼び止めたカインは脇道を指さして肩をすくめる。 「時間、まだいいだろ?」 「え……ああ、うん」 新鮮な食材や暖かい食べ物を売る小さな店が並び、旨そうな匂いに微かな空腹を思い出す。丁度夕食の買い物であろうか、脇道の市場は女達で賑わっていた。 ただでさえ狭い道に陣取って、品定めに井戸端会議に忙しそうな女たちにぶつかりそうになりながら、市場を走り抜ける。通り抜けた先は小さな広場になっていた。よく掃除の行き届いた広場のベンチには老人が腰掛けて、空だか海だかをのんびりと眺めている。
丘の上につくられたこの街には、こうして海まで見下ろせる狭い広場がいくつもあった。 「海、意外と近いね」 なんとなく心の内を見透かされたような気恥ずかしさに目をそらそうとする前に、セシルはにこりと笑った。 「……別に近くねぇぞ、そう見えるだけだ」 「そうかなあ?」 「そうだよ」 「カモメもほら、手で掴めそう」 「馬鹿、冗談にはつき合わないぞ」 「あはは」 呆れた顔をされて可笑しそうに笑っているセシルを横目に、海を見やる。 「海は遠い方がいいだろ」 冗談めかして言ったつもりが、妙に神妙に響いてしまったものだから、カインは慌てて小さく咳払いをして誤魔化そうとする。が、セシルはぱっと笑いをひっこめて空を仰いだ。 「カインってば、ロマンチスト」 「……ふん、そんなわけじゃねぇよ」 「ふぅん……まぁ、いいけどさ」 たぶん、父の居ないあの小さな家に帰ることにうんざりしていたのだと思う。空も風も海も遠くて大きく、ふたりの時は特に可愛くないセシルとの不思議な距離感も含め、寄り道はなんだか心地よかった。 |