歌をうたっていた。
それはとても優しい歌で、それはとても優しい午後で。
ベイガン・アリスン率いる第十五騎兵部隊に生還者が居たことは、そのような言葉を決して使いたがらない陸軍兵の誰もが、奇跡だと口にして憚らない出来事だった。 しかし、あの日バロン軍が前線の補給港を失ったことは、その後の戦いに決定的な影を落とすことになった。思えば、あの日からバロンの敗戦は運命づけられていたのかもしれない。 「セシル様」 目醒めてはじめに目に入ったのは暗い天井の消えたシャンデリア。その場所がバロン城であることに気がついたのは、自分を呼ぶルビン・ハイムの声が聞こえてからだった。 「ハイム先生……」 「気が付かれたか」 痛いと感じるより以前に、体がどこも動かなかった。どうやら体中包帯だらけのようだ。どこを怪我したのだろうと無理に動こうとすると、慌ててハイムに止められた。自分がかれこれ一週間も意識不明であったことを聞かされて、前は戦場にいたことを思い出す。 「…………戦況は?」 「最悪じゃよ。あんな所へあなたを戻したくはないわい」 前線基地の様子がふと思い出されたが、また引きずり込まれるように眠りが訪れる。目を閉じても少しも暗くない、不思議な眠りだった。やっぱり歌がきこえる。
緑の森を歩く。柔らかな日差しが降る。 夢はいつだっていい加減で都合が良く、甘ったるくて嫌になる。僕が期待してもそれはきっと過去でも未来でもないのだろう。甘い雲の浮かぶ空を、たゆたうように流される。いっそ醒めなければいいのに。 ただただ安らかで、幸せな、それは君といつか歌ううた。 |