初雪が空を舞う寒い日だった。

「メアリ、どこいくの?」

ぶかぶかのコートに着られているようなローザが姉を見上げる。傍らのセシルはぎくりとしてメアリを伺った。小学院の制服を着たメアリは、妹のおさげ頭についた雪を払いながら言う。

「父さんのところよ」

クライヴ・ファレルはあの日のクーデター騒ぎで、王を庇って殉死した。国葬に近い盛大な葬儀の後、彼が葬られたのは国の栄誉殉職者墓地。ローザは目を丸くして喜んで、はじめて父の墓の前へ立った。

薄く積もった雪で、一面白の世界となった墓地。真新しい墓石に刻まれた父の名を、ローザは始終不思議そうに眺めていた。

メアリはそんな妹の横顔を、優しいような冷たいような、不可解な表情で見つめている。


「ねえメアリ、ここは何? 父さまがいるんじゃないの?」

「そうよ」

「いないわ」

「いるわよ」

「嘘」

「嘘じゃない」


いたたまれなくなって目をそらす。結局、ローザは最後まで譲らず、父に会えなかったことに憤慨し、帰り道はずっと口を開こうとはしなかった。セシルはただ黙ってついて歩く。たれこめた冬空に、ひとりの死が暗く、重い。



軋む雪を踏んで三人が家へ戻ると、玄関前には、今日も誰からか届けられた白い花束。慣れた光景を何となしに見すごすと、ふいにローザが花束を掴んで、雪の庭に投げ捨てた。ふわりと放物線を描く花と、バタンとドアが閉まる音。

呆気にとられた自分をメアリも無言で追い越して家に入る。一瞬捨てられた花束が気にかかったが、そのまま追う。

ローザはもう二階へ上がった後のようで、メアリは台所でごそごそと夕食の支度をはじめようとしていた。居間では珍しくマリアがぼんやりと編み物をしている。少し考えて、やっぱりローザの部屋へ向かった。

ノックの音に返事がない。そっと戸を開けてみると、ひやりとした風が前髪を撫でた。

「ローザ」

窓を開け、ローザは恐い顔でそこから花を捨てていた。

思わず足をとめる。冷気のせいでなく背筋が凍る。
彼女は気づいてしまったのだ。父がもう、この花を見ることはないことに。


「…………」

「父さまのばかっ!」


それは、もう会えないこと。
あの顔と声が去り、やがて思い出さなくなり、そして忘れてしまうこと。



無力なセシルの前で、ローザの癇癪は苦しげなすすり泣きに変わる。

大切なものを置いて居なくなったクライヴの存在はあまりに大きく、セシルはとても太刀打ちできない。

吸い込むような静寂の庭に、花は舞い、そして、沈んでいった。







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