セシルが危惧したとおり、まともに王子の相手が務まる子供は日増しに減っていった。皆プライドが天より高いのだから無理もない。王も遊びに関しては全く口出しせず自由にさせていたため、最近では城を訪れる子供はめっきり少なくなってしまった。そんな、ある日のことである。

「なっ! なにをするか!」

「ふん、王子さんがトロいからだ」

「無礼なっ! カイン・ハイウインド!」

二人のやりとりを、セシルは目を丸くして見つめていた。正直、こいつとこんな形で再会するとは思ってもみなかったことだ。カイン・ハイウインド、先日ファレル家で会ったあの少年である。

「狩られる方だって命がけなんだぜ?」

「でも! 人間をたべるうさぎがあるかっ!」

「ふん、ひ弱でのろまな奴に捕まるわけがないってこと」

「…………」

「その方がスリルがあって面白いじゃん。弱い方がやられるの。何か文句あるか?」

「……お前とはもう遊ばないっ!」

泣きべその王子が駆けていく。後を追おうとした瞬間、おいと声をかけられた。この間の出来事がよぎりむっとして顔を上げると、カインはあの日のことなど憶えていないような顔で、長い腕を冗談めかして広げてみせた。

「お前も大変だな」

「……君があんなに怒らせるから、余計に大変だよ」

「はは、それは悪いな」

セシルが睨むと、カインは悪びれる様子もなく笑った。似合わないブラウスの袖をまくって、なんだか変な感じだ。

「なんだよ、ぼけっとして」

「君、変わってるね」

「お前に言われたくない。セシル」

「……僕の名前、知ってるんだ」

「こないだローザがあれだけ騒いでたからな、嫌でも憶える」

「ふぅん、僕は君の名前、憶えてなかったよ。カイン」

「ちびのくせに生意気な口のききかたをする奴だな」

「その、ちびっていうの、やめてくれる?」

「はいはい……で、追いかけなくていいのか? 王子さん、泣いてるぞ」

「あっ!」




カインは相変わらず嫌な奴だったが、なぜかちょくちょく王子をいじめにやってくるようになったので、一緒にいることも多くなっていった。そのうちにローザも父に連れられて顔を出すようになり、セシルは知らず知らずのうちに四人で遊ぶ時間を楽しみにするようになっていた。

同い年のカインにしょっちゅう泣かされる王子もまんざらでもない様子である。少なくとも、つまらない貴族たちを相手にするよりはよっぽど面白い。

王子付きの侍女達はみんな虫が大嫌いでからかうと面白いということ、大人には内緒の、城の古い通気口を伝った抜け道が沢山あること、庭森の大きな木に登ると海まで見渡せること……一番好きなはずの勉強の時間がはやく終わらないかとそわそわする感じも、息が切れるほど走り回ることも、はじめてで、驚きで、大切なことだった。

「待ってよローザ! 駄目だよカインと同じは無理だって!」

「そんなことない、デュアルさまもがんばってるもん!」

「でも君は女の子なんだから! 木から落ちたら大変だよ!」

いつも皆と同じでないと気が済まないローザを追って、明るい庭森をゆく。高い木の上でひとり笑いながら見ているカインと、幹にしがみついて登りも降りもできないデュアル、泣き声、怒鳴り声、笑い声。

子供は嫌いなはずだったのに。

「カイン・ハイウインド! 手をかせ! 命令だぞっ!」

「無理だよ、落ちて怪我しても知らないぞ」



バロンは真夏。はしゃぐ子供たちの頭上にさんさんと日が降る豊かな午後、この国は最後の平和の中にあった。







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