第3章「UNBALANCE」

....#5 山の夜(1)


納屋に馬を繋ぎ、倉庫から持ち出した人数分の毛布やらランプやらを抱えてセシルとロアが外に出ると、寒々しかった小屋の煙突から暖かそうな煙が出ていた。


「ローザさん達、薪のある場所が分かったみたいですね」


小屋へ向かいながら、ロアが煙突からのぼる細い煙を見上げる。セシルは、葉に当たる柔らかな雨音を遠く聴きながらぼんやりとロアの後を歩いていた。


その晩は、保存食で簡単な夕食を済まして早々に就寝の準備を始めた。
防寒の目的の為だけに作られたような堅い毛布に、慣れない様子でくるまって、ギルバートは目を閉じている。


日が暮れてしまうと、小さなランプひとつでは、できることが何もない。
湿気をはらんだ毛布を被って木の床に横になり、ひそひそ話をしたり、時折くすくす笑ったりしていたリディアとロアも、壁にもたれて雨音に耳を澄ますセシルの顔を見るまいとしてか憂鬱そうにストーブの火を見つめていたローザも、知らないうちに眠りについた。


ファブールとバロンが戦争をしていたのは、もう十年あまりも昔のことである。

世界の二大国家がキオス海底油田の利権をめぐってぶつかったこの戦争は、一部には倨傲(きょごう)戦争などと呼ばており、無益な戦いであったことで悪名高い戦争である。

長引いたあげくにファブールの勝利で一応の決着を見たものの、凄惨を極めた最終戦で戦場となったファブール南西部は荒廃し、結局この戦争によって双方にもたらされたものは、疲弊と混乱だけであった。

当時九歳だったセシルの初陣が、悲惨な敗北で飾られた戦争でもある。

ファブールに敗北した翌年、バロンはまた戦争へ踏み切ることになる。隣国レクタアドルへ、そして、次いで向かいの隣国ユダへ。混乱と死の悲しみは戦いの渦の中へと呑み込まれ、その後十年あまりをバロンは戦いと共に歩んだ。

そんな、終わりの見えない戦いに終止符を打ったのが量産型軍用飛空挺であった。
後に世界最強とうたわれることになるバロン空軍である。

飛空艇団の出現は世界の力関係の拮抗を崩し、戦後バロンでは飛空挺部隊による新生空軍が正式に組織され、その最高司令官には、十八歳になったばかりのセシルが任命された。


今からたった、三年前のことである。


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