第2章「ESCAPE」

....#9 西回り航路、北へ


翌日、セシルと彼の部隊を乗せた三機の飛空挺は、夜明けを待たずにバロンを発った。

針路を北へとり、ダムシアンへと向かう。バロンとダムシアンとの国境には、険しいギア・ル山脈が横たわっている。軍用飛空挺は重い装備の分高度を上げるのが得意でないため、西回りに海を迂回してダムシアンを目指した。

ダムシアンは中央大陸が抱える広大な砂漠を領土とする商業国である。土地柄国力は無いが、バロン、ファブール、トロイアの三国へと通じる交通の要所にあり、また、作物の取れない砂の大地からは宝石が採れる。強大な他国に比べると歴史も浅いが、親族同士の争いのない一枚岩の王家による穏やかな君主制は公正で、国民には絶大な信頼を誇る。

セシルは、出航してすぐに針路の指示だけ出して自室に入ったっきり、食事も取らずに閉じこもっていた。

眠るわけでもなく、椅子に深く沈んで目を閉じたまま動かない。


クリスタルがなぜ生まれたのかは誰も知らない。
通説では今から千年も昔、ミシディアの森の中で見つかったものがはじめであるとされる。だが、それらのクリスタルがいつ頃生まれたものなのかは全く謎のままである。

クリスタルを有する地方には様々な口伝が存在するが、それらには曖昧なものも多い。クリスタル伝説についてはおおよそがでたらめであり、数百年にわたる信仰が生んだ架空の話あろうというのが、現在では考えの大半を占める。

しかし、土着のクリスタル信仰は非常になじみ深いものであり、現在に至ってなおその土地の人々の心に息づいていた。

そして、彼らが今目指しているダムシアンは、世界でも有数のクリスタル信仰が栄えている場所である。

水のクリスタルが発見されたのは、四つの中ではもっとも新しい五百年前。中央大陸は繰り返される戦争に疲弊し、多くの難民が故郷を捨てて新天地を探し求めた時代のことである。

人の住めぬ砂漠に、恵みの水をもたらした水のクリスタルの伝説は有名だった。水のクリスタルに救われた民であるダムシアンの人々は、彼らの要求に何と応えるのだろう。

「…………」

答えははじめから分かり切っているような気がした。人は、信じるものの為に命を捨てる。自分が王のためなら死んでも構わないと思っているのと同じように。

久しぶりの快晴。だが、また嫌な任務になりそうな予感がした。



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