第2章「ESCAPE」

....#8 雨の旅立ち


「ね、ねぇカイン、大丈夫かな?」

「そんなものは知らない」

「ええええ、どうしよう……」

逃避行というには少々浮かれすぎのひらひらしたワンピース姿に不似合いな緊張顔で、自分を見上げるローザ。つい意地悪を言ってしまうのは悪い癖だ。

「でも、カイン、大荷物だね」

「馬鹿、お前らが身軽すぎるんだよ。二、三日で帰ってくるつもりなのか?」

「あ、そっか……」

「まあいい、どうせ着替えだけはたっぷり持ってきてるんだろ」

「えへへ、当たり」

「じゃあそれでいい。大体必要なものは俺が用意したし」

「なんかカイン、顔に似合わずそういうの得意だねぇ」

「一言余計だ」

しとしと降り続く雨の中を、親子とも兄弟ともつかぬ三人は駅を目指した。
大陸縦断鉄道は、ギア・ル山脈の谷間を走り大陸中央の砂漠へ抜け、自治都市カイポを経てダムシアンの都へと続く、世界で一番長い鉄道である。

「リディアちゃん……普通にしていれば良いからね」

ローザとずっと手をつないだままのリディアは、はじめての都会に圧倒されているようだったが、こくりと頷いた。切符を買う列に並ぶ。

「どちらまで?」

受付の女が事務的な口調でそう言った。

「ダムシアンまで、大人二人と……子供が一人だ」

「ご旅行ですか?」

「そうだ」

「お戻りの予定は?」

「一月後」

そう言ってカインは自分の身分証を女に見せた。女は受け取ってそれを確認し、すぐに返す。

「わかりました。切符を発行しますので、こちらの用紙に記入を」

左利きのカインは用紙を受け取ると、ペンを持ち直して三人分の名前と住所を書き込んで女に渡す。いかにも慣れた手つきで書き込んだそれは、全くでたらめなものだった。

「良いご旅行を」

切符を受け取り改札をくぐる。旅行か帰省か商売か、大荷物を持った客が目立つホームには、少し旧式の汽車が彼らを待っていた。
蒸気に煙る駅は建物自体が古いもので、すすけて真っ黒になった木の柱に掛けられた真鍮のプレートには『王都バロン』と記されてある。延々二千キロ近く続く大陸縦断鉄道の、ここは南の終点であった。

「うまくいったね」

「まあ、出るだけならな」

嬉しそうに耳打ちするローザに、空席を探しながらカインは言った。問題は、軍がどこまで細かく調べるかだ。偽名など本当はすぐにばれてしまう。

だが周到に用意をするには時間がなさすぎる。国外へは追ってこないということを信じるしか、今はない。

「行くぞ」

三人は汽車に乗り込んだ。



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