第2章「ESCAPE」

....#35 誇り


扉の向こうは、白大理石を敷き詰めた広い部屋で、清らかな水音が静に響いていた。不思議な青白い光に満たされて、部屋は明るい。

中央には見覚えのある、白く澄んだ輝き。細い水路を走る水をきらめかせて、奇跡のように輝く宝石。

そこはダムシアン城の、クリスタルの間だった。

赤い髪をわずかにそよがせて、セシルは立ち止まらずに部屋へと入っていく。砂と血のついた彼の靴が、清らかなその部屋を汚す。

たっぷりした濃紺のマントに身を包んだ温厚そうな王は、宝玉を背に庇いセシルを睨んだ。


「そなたの王は狂ったか?」


「……クリスタルを頂きに参りました」


ここを守る兵力が無かったのか、セシルの前にいるのは王を含めてたったの三人。それでも、セシルが言葉を続ける前に、二人が斬りかかってくる。


「クリスタルはわたせないっ!」


ひとりは短い金髪に蒼い目をした若い男だった。
ミューア家の紋章を象った衣服を身につけているのを見ると、この国の王子であるに違いない。良い王になれそうな意志の強い青年に見える。

切り込んでくる彼の太刀筋は差し違えてでもというべき決死のものだった。セシルは無意識のうちにそれをかわし、そのまま身を翻す。体が勝手に動く、重い手応え。


「王子っ……!」


青年の脇腹にずぶりと沈み込む刀身を伝って、今の一撃が致命傷となるであろう命の感触が生々しくセシルの腕にからみつく。悪寒を感じる間もなく、二人目がやってくる。剣を引き抜きながら、王子が刺されたのを見て狼狽している男の脇をすり抜け、次の呼吸に合わせて二人目を背後から貫いた。

それは機械のように確実な動き。何度も何度も何度も繰り返された行為。
手に取るようにわかる。この体のどこに命が息づいているか。男は声を上げることもできなかった。彼らの命を包む体は、馬鹿馬鹿しいほどに脆く、柔らかだった。

そのまま何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がったセシルの顔は、クリスタルの青い光のせいだけでなく白い。悪魔でも憑いているかのような虚ろな目のまま、暖かい返り血を受けて壮絶に艶やかに見えるセシルは微笑んでみせた。


「…………話に聞く、バロンの悪魔か」


嫌悪感を隠そうとせず、王は忌々しげに目の前の青年を睨む。


「あなたが招いたことですよ、王」


「そなたらは、知らないだけなのだ。我々にとって、クリスタルがなんなのかを」


「命を、捨ててでも?」


セシルが再び剣を構える。


「捨ててでも」


王は、目を閉じた。


「殺すなら、殺すがいい。今更命乞いなどせぬ」


二人の背後には、ただ光るクリスタル。部屋に配されたロチェスターの透明な水の流れが、倒れた二人の血で赤く染まっていた。





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