第2章「ESCAPE」

....#33 ダムシアンの文官


外の爆撃の影響であろう火薬のにおいが城内にも立ちこめ、破壊された石壁の埃で息がしづらかった。大きな恵みの水源を真下に持つダムシアン城は、砂漠の中にあって水上の城である。

思ったより城内に人影は無い。普段なら明るく照らされていると思われる、贅沢なゆるい階段を上っていく。明かりのない城内は暗かったが、吹き抜けの天井の一部が崩れ落ち、冴え冴えと月光が差し込んでいた。

「……やっぱり、平和王といわれるだけのことはあるんだ」

自分たちの通告から戦闘が始まるまでの短い間に、王は城内の非戦闘員は全てどこかに避難させたのだろう。誰ともなしにそう呟いた刹那、奥へと続く扉を背に、必死の表情で手に手に銃や剣を構える者達の姿が目に入った。


「侵略者よ! ここから先には行かせない!」

「……ふうん、もうこのあたりに戦える者は残っていないんだ」


そこにいたのは、王の側近であろう数人の文官であった。見るからに持ち慣れない重い武器を、それでもセシルに向けて攻撃の姿勢を崩そうとしない。セシルは目を上げ、立ち止まると苛立たしげに立ちはだかる者達を見た。

「それで、どうするつもりなのさ。逃げるなら見逃してあげるよ?」

「たった一人で何を言うか。我々は王をお守りするのみ、来るなら……来いっ!」

「馬鹿じゃない? 死にたいなら死なせてあげるけど……」

「黙れ!」

言葉と共に一人が発砲する。しかし小銃の衝撃に弾かれて文官は倒れ、弾丸は見当違いの壁に穴を空けた。

「…………」

セシルは無言で男に近づき、慌てふためく男の鼻先に、血の付いた切っ先を突きつける。
男はそろそろと目だけでセシルを見上げた。彼の目に映ったのは、影になって表情の見えない若い軍人の赤い髪を照らす、肩越しの満月。

「…………あ……」

「じゃあ、死んでみる?」

「!」

その時、横に居た誰かが動く気配がした。次の瞬間、ざっと床に積もった砂を蹴る音がしたかと思うと、男の仲間達は一斉にセシルに襲いかかろうとしていた。


「……遅い」

男にしか聞こえないような小さな声でそう呟いたセシルは、そのままの姿勢で軽く左手をかざした。月の光に縁取られた細い指のシルエットが、奇妙な程優美な弧を描く。

本当に一瞬の出来事だった。

「……ぁあっ!」

セシルの左腕から激しい渦のような黒い波動が生まれ、忠臣達の命を奪って駆け抜けていった。斬りかかった文官達は、肉を裂かれ潰されたような短い叫び声を上げて崩れ落ちる。男には当然何が起こったのかわからない。

「ぁ……あぁ……!」

重い音と共に、ただの肉の器と化した彼の仲間達は石の床に転がる。その音の意味することが彼らの死であることを認識したのと、吐き気のような恐怖が彼を襲ったのはどちらが先であっただろうか。顔を上げた先には赤い服をまとった悪魔の姿があった。

「ねぇ?」


「…………ひっ!」


「まだ死にたい?」


セシルは笑っていた。左手には、自らの波動を通して伝わってくる、温かい血と肉の感触。月光に青く照らされた男の恐怖に満ちたまなざし。だが、セシルは唐突に剣を下ろした。


「なんだ……死にたくないの」


「……!?」


捨てるように呟くと、さっさと扉に手をかける。


「…………」


「じゃあね」






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