第2章「ESCAPE」

....#21 波紋


「野蛮人め! 我が国は戦えぬと思っているのか!」

手渡された通信文を父王に渡さず、兄王子フィリップはその場で破り捨てた。
磨かれた砂色の石床、高い天井から吊された精巧なシャンデリア。
ダムシアン城、大広間。

「兄上!」

「止めるなギルバート、俺は戦う!」

弟と同じ金の髪に菫色の目。しかし対照的に苛烈で勇敢な気性のフィリップは、短い髪を振り乱して叫んだ。

「戦えば国に大きな被害が出ます! 兄上……!」

「ではこのままバロンの言いなりになれと?」

「それは…………」

ダムシアンは戦争を知らぬ国である。バロンの赤い翼は白兵戦に於いても精鋭であると有名だ。戦いを挑んだところで、結果は目に見えているように思える。言い争う二人の王子を前に、家臣達は皆一様に重苦しい表情で押し黙った。


「二人とも、落ち着きなさい」


沈黙を破ったのは王だった。石の玉座に深く腰掛けた平和王と評されるベルナルドは、金縁眼鏡の奥の瞳を、息子達に向け、それから苦しげなため息とともに目を閉じる。


「クリスタルは……渡せぬ」


絞り出すように呟いた言葉にギルバートは青ざめた。

「父上! 戦うおつもりですか!?」

「ギルバート、クリスタルは動かしてはならんのだ」

「なぜ!どうしてですか!」

馬鹿げている。クリスタルが大切なのはよく知っている。けれど、民の命を捨ててまで守らねばならないものではないはずだ。

「命を賭してもですか!」


「そうだ」


「そんなもの……無いのではありませんか! 命より大切な物なんて!」


「クリスタルはこの国の民の心のよりしろ、そして、砂漠に生きる者の誇りそのもの。わからぬかギルバート」


「ですが……戦火で焼かれては、元も子もないではありませんか」


「譲れぬものも持てぬなら、我々にはどのみち明日は無い」


短くそう告げると、王は立ち上がった。


「条件を呑む気は無いと、使者を立てて向こうに知らせよ。」


「は、仰せのままに」


「父上!」



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