第2章「ESCAPE」

....#2 自習室にて



「ちょっと、ローザ!」

「なによマナ、大きな声出して……怒られるよ?」

昼下がり、ローザはマナとふたり図書館に居た。

「あんたねえ、その問題集見てみたら? 何してるの」

「あらら……」

薬草学の問題の解答が、全部一段ずれて書き込まれている。ローザは頭を抱えて書き込んだ解答を端から消し始めた。

「あーあ、この先が思いやられるわね、大丈夫かしら」

「ごめん……」

笑い顔で誤魔化して、問題に向かうふりをする。
リディアのこれからのことについて自分が途方に暮れていることはメアリにも話せない。そんな弱音を吐いて、姉のあのきつい調子で怒られたら、情けないが立ち直れそうにない。こういう時は特に、やはりセシルに会いたかった。

だが、セシルにそんなことを話してもきっと彼に迷惑をかけるだけだ。

あの事件以来、リディアをかくまいつつバロン軍へ入る勉強を続ける自分のちぐはぐさが滑稽に思えた。そして、そのずれは日を追うごとに確かな亀裂として彼女の心に巣くっている。

ミストでの出来事は理不尽だと思ったし、怒りも覚えた。だが、そのまま単純に軍部に嫌悪感を抱くには、自分の環境は軍に近すぎる。父も軍人だった。カインも、そしてセシルも。

だが、何だろう。
違和感、つまり、自分はなぜ軍人になりたかったのだろう。

「何か、あったの?」

ため息混じりのマナの顔が視界に飛び込む。はっとしてローザは苦笑した。

「ううん、何でもない」

「………じゃあしっかりしなさいよね」

マナはそう言ってローザの背中をばんばんと叩いた。

バロンは平和だった。
それは当たり前で、そして今のローザには少し奇妙なものだった。あの炎に包まれた街がここからすぐ近くにあるというのに。そしてそれは、まだほんのの何日か前の出来事なのに。

みんな何も知らない顔で同じ日常を送って……それで、いいのだろうか。



Home | Back | Next