第2章「ESCAPE」

....#17 砂漠の花嫁


「ねえローザちゃん、ちょっと見に来てくれない?」

午後、そう言ってアンナが部屋を訪ねてきたときも、まだローザは浅い眠りの中にあった。

「あ……ごめんなさい……」

「疲れてたのよ。起こしてごめんね」

「あれ? カインとリディアちゃんは……?」

「ああ、さっき町に遊びに行ったみたいよ。カインさんって、ああ見えて結構やさしい人なのね。ぶつぶつ言いながら付いていってたわよ」

「あはは、そうなんだ。カインらしい」

眠そうな目をこすりながらローザが笑う。寝過ぎたせいか体はだるかったが、目は冴えていた。

「それで、なんだっけ? 見に来てとか……」

「衣装が仕上がったの。合わせるから見てほしいなと思って……」

「わあ!」


アンナについて下に降りていくと、城内は相変わらずの忙しさで、たくさんの人が走り回っていた。普段着のアンナに気付かない者も多い。

「あ! アンナ様、どちらへいらっしゃったのですか!」

アンナを見つけた侍女の一人が、あわてた様子で近寄ってくる。

「ごめんなさい。ちょっと友達を呼びにいってたもので」

「さあ、どうぞこちらに。ドレスの用意もできておりますので……」

侍女に連れていかれるアンナの後ろを、ローザはついて歩いた。


「……どうかしら?」

仕上がったばかりの婚礼衣装に身を包んだアンナが、ローザのほうを見て言った。まだ二人の侍女が裾を直している途中だったが、アンナは美しかった。

「今年は丁度、アントリオンの絹が採れたので、良いドレスが縫えましたよ」

「ええ……ありがとう」

アントリオンの絹とは、蛾の繭ではなくサソリの一種であるアントリオンという虫の卵から採れる繊維を使った、この地方の伝統的な織物である。絹のような光沢があり、しかも麻のように涼しい。その卵を得ることが困難である故に、とても珍しく貴重な布だった。

ふわりと広がったスカートには、無数の小さな淡水真珠で伝統の文様が刺繍されており、裾や袖口には金糸の刺繍が施されている。王族の結婚らしく、控えめだがこの上なく豪奢な花嫁衣装であった。

「きれいよ、アンナさんとても綺麗」

ローザはため息をついてそう言った。玉虫色の光沢を放つ砂の色のドレスはアンナの褐色の肌によく映えた。

「ありがとう、ローザちゃん」

言ってから、アンナはふと遠くを見るように瞳を揺らし、そして、突然ぽろりと大粒の涙をこぼす。

「アンナさん……」

「あ、あれ? おかしいわね、私どうしちゃったんだろ」

言いながら涙を拭う。アンナは幸せそうに見えた。

「……幸せになってね」

「……ありがとう……」



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