第1章「A Day of spring」

....#7 ファレル家にて


カインが郊外のファレル家に着いた時はもう正午をまわっていた。


「いらっしゃい」


「おお、カインか。先にお邪魔しとるぞ」


玄関でカインを迎えたのはこの家の主であるメアリ・ファレル。
奥の居間から声だけが聞こえてくるのは、バロン飛空艇技師、カインやメアリの父達なじみのシドである。


「なんだよ、来るんだったら言ってくれれば拾ってやったのに」


「たまには歩くのも健康のためじゃよ」


言いながら居間に現れたカインに、ひげ面のシドは振り向いてがははと笑った。

世にも有名なバロン空軍「赤い翼」の飛空艇は、このシドとその弟子の手によって開発されたものだ。

国からは破格の待遇を受けているにもかかわらず、職人気質のシドは豪華な暮らしを望まなかった。与えられた屋敷にはほとんど帰らず、セルシア湾に面した自分の研究所で寝泊まりしているのである。

「研究所から歩いてきたのか?」


「そうじゃよ」


「全く……よくやるよ。ギックリ腰になっても知らないぞ」


「馬鹿もん、ワシはお前らなんかよりもずっと鍛えてきておるんじゃ。大丈夫じゃ」


子のないシドと彼らは、親子のような、というよりはむしろ友人に近い。もっとも、シドにしてみれば自分たちは子供のようなものなのだろうが。

メアリは二人のやりとりをくすくす笑いながら見ていたが、ふと時計を見ると思い出したように言った。

「あら、そろそろローザも帰ってくる頃よ、お茶の支度をするから座って二人とも」


「あ、そうか。今日は早いんだな」


「そうよ、明日から休暇だもんね。学生さんきっと上機嫌で帰ってくるわよ」


「ローザはカデットでどうなんじゃ? がんばっとるのか?」


「あの子なりに頑張っているみたいよ。相変わらず実技だけはトップクラス」


メアリは妹の好きな焼き菓子を用意しながら悪戯っぽく笑った。


「うわぁ、恐ろしいほどあいつらしいな」


「でしょう? もう少し理論ができるようにならないと進路も苦しいと思うんだけどねぇ」


「そうだなぁ……」


心配そうにため息をつくカインとメアリに、シドがソファーから身を乗り出して首を突っ込む。


「危ない所に所属せんように言っておくんじゃぞ?」


「そうね」


「そうだな」


カインとメアリは揃ってうなずいた。
皮肉っぽい笑みを浮かべながら、すぐにカインが言葉を継ぐ。


「特に空軍とか」


「でも、言いそうよねぇ……」


「だろ?」


「あーっ! 空軍なんてダメじゃダメじゃ、儂からセシルによーく言っておく!」


「あいつだってきっと分かってるさ」


 シドがあんまり大げさに主張するものだから、カインは苦笑してそうなだめる。


「そうじゃろうか……? セシルは昔からローザには甘いから心配じゃよ」


「そういうシドだって充分甘いわよ」


「儂は良いんじゃ! 赤ん坊の時なんかおしめまで替えてやったことがあるんじゃぞ。娘も同然じゃ」


「あはは、そういえばクライヴ父さんも言ってたわ、ローザをシドに取られそうだって」


「つーかお前らな、いい加減に妹離れしろ。嫁に行く時も付いていきそうだぞ」


「あの子まだ二十歳前よ? 気が早いわよ」


「でも……ちびの頃から言ってたぞ、セシルの嫁になるんだと」


「いやぁね、いつの話よ」


「でも、続かないと思ったカデットも今まで頑張ってきたんだろ? 誰のためだったか覚えてるか?」


「…………まぁ、そうね」


「セシルはダメじゃ! あいつは女を幸せにはできん」


「シドがよく言うよ」


「お前は大丈夫だと思うぞカイン、姉妹二人とも貰ってやればいい」


「冗談じゃない、女に囲まれて暮らすのはごめんだ」


「でも……本当のところ、どうなんでしょうね、ローザ。
 小さい頃は確かに、一番仲が良かったじゃない?」


 メアリは空になったシドのカップに紅茶を注ぐ。


「ま、それとなく聞いてみろよメアリ」


「そうするわ。明日、ピクニックだし」


「お、明日か。恒例の」


「ええ。カインは、やっぱり来れそうにない?」


「ああ、悪いがやっぱり」


「そう……仕方ないわね。また来年は一緒に行きましょ」


妹の帰りを待ちながら、三人は春らしい光の入る明るい居間でひとときを過ごした。



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